鎧兜を着て議会に入ってはいけない、イギリスの古い法律
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この法律は実在します。1313年にイングランド王エドワード2世のもとで定められた「鎧の携帯を禁じる法令」で、イギリス政府の法令データベースでは、今も効力のある法律として載っています。
ただし、禁じているのは鎧だけではありません。武力を持って集まること全般です。この記事では、条文の中身と作られた理由、よく混ざる「ほかの変な法律」との違いを順に見ていきます。
結論:700年以上前の法律が、今も残っている
法令の正式な名前は「A Statute forbidding Bearing of Armour(鎧の携帯を禁じる法令)」です。会期の始まりは1313年9月9日、王の裁可は同年10月13日でした。
イギリス政府の法令データベース(legislation.gov.uk)には、この法令が改正版つきで掲載されています。廃止の記録はなく、効力の及ぶ範囲はイングランドとウェールズです。700年以上前の法律が、今も現行の法令集に並んでいます。
法律の見直しを担うイングランドの法律委員会(Law Commission)も、「国会議事堂で鎧を着るのは違法」という話を、本当の法律として扱っています。
条文には何が書いてある?
条文は、当時のイングランドの王侯や貴族が使ったアングロ・ノルマン語(フランス語の一種)で書かれました。王が出した命令の形をとっていて、中心になるのは次の内容です。
- イングランドで開かれるすべての議会や協議、そのほかの集まりに、だれもが武力も鎧も持たずに来ること
- 平穏に、王と国の平和を損なわない形で来ること
- 違反した者を、国の法と慣習に従って罰する権限が王にあること
ポイントは2つあります。1つ目は、禁じる対象が鎧だけでなく「武力」全般であることです。武装した家来を連れてくることも含まれます。2つ目は、場所が議会に限らないことです。国内で開かれる公の集まりが広く対象になっています。
「鎧を着て議会に入るのは違法」という紹介は、間違いではありません。ただ、この法令の範囲をかなり狭く切り取った言い方です。
なぜ1313年に作られた?
当時のイングランドでは、有力な貴族が武装した手勢を連れて議会に現れ、王に圧力をかけることがありました。エドワード2世の時代は、とくにそれが激しかった時期です。
火種は、王が寵愛した側近ピアーズ・ギャヴィストンでした。貴族たちはギャヴィストンを嫌い、1308年には王に彼を追放させます。王は武装しての出席を何度も禁じましたが、貴族は従いませんでした。
ギャヴィストンは3度追放され、3度とも戻ってきます。1312年6月19日、ついにランカスター伯やウォリック伯らの貴族に捕らえられ、処刑されました。王と貴族の対立は内戦の一歩手前まで進み、翌1313年に和解の話し合いがまとまります。この法令の条文にも、王と「王国の有力者たち」との争いを話し合った場で合意した、と書かれています。
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 1308年10月 | 武装しての議会出席を初めて禁じる |
| 1310年2月 | 再び禁じるが、貴族は武装して来てロンドンの外に陣を張る |
| 1311年10月・1312年8月 | さらに禁令を出す |
| 1312年9月 | ランカスター伯、ウォリック伯、ヘレフォード伯が完全武装で議会に出席 |
| 1313年10月 | 鎧の携帯を禁じる法令に王が裁可 |
| 1316年2月 | ランカスター伯が法令に背いて武装で出席 |
| 1318年10月・1319年5月 | ランカスター伯がまた武装で出席 |
1313年の法令は、禁令としては5度目でした。それでも、ランカスター伯は少なくとも1319年まで武装して議会に現れています。法律を作っても、王に従わせる力がなければ守られない。この法令の歴史は、当時の王の立場の弱さも映しています。ランカスター伯はその後、1322年のボローブリッジの戦いで王の軍に敗れ、処刑されました。
よくある誤解
この法令は「イギリスのおかしな法律」として紹介されることが多く、そのとき本当の法律と俗説が混ざりがちです。
2007年、イギリスのテレビ局UKTV Goldが約4,000人に「いちばんばかげた法律」を尋ねる調査をしました。1位は「国会議事堂の中で死ぬのは違法」(27%)で、「鎧を着て議事堂に入るのは違法」は9位(3%)でした。
ところが、1位の話には根拠が見当たりません。ハフポスト英国版に載った人権法学者コナー・ギアティの記事は、下院によればそんな決まりの痕跡はない、と紹介しています。調べると本当なのは、9位の鎧のほうです。
議場にまつわる「剣」の話にも注意が要ります。下院のクローク室のコート掛けには、ピンクのリボンが付いています。「剣を掛けるためのもの」とよく説明されます。ところが英国議会史研究所のブログによると、1904年と1907年の新聞は、議員がリボンに傘を掛けていたと書いています。剣の説明が見つかるのは1928年からで、リボンは剣の重さに耐えられないだろう、とも指摘されています。与野党の席の前に引かれた赤い線が「剣2本分の間隔」という話も、昔から語られる言い伝えです。
いまの議会に残る「武器」
武器を持ち込めない議場にも、例外が1人だけいます。下院の守衛官(サージェント・アット・アームズ)です。
守衛官の職は1415年、ヘンリー5世の時代に記録に現れます。いまも議場では伝統の宮廷服を着て剣を帯び、議場で武器を持てる唯一の人とされています。毎日の会議の始まりと終わりには、議長の前で職杖(メイス)を運びます。17世紀の終わりには、このメイスが置かれていなければ下院は会議を開けない、と考えられるようになりました。武力を持ち込ませない法令が残る一方で、議場の秩序を守る役目の人だけが剣を持つ。この対比に、700年分の歴史が詰まっています。
14世紀の貴族がどんな城に住み、どれほどの家来を抱えていたのか。武装して議会に乗り込めた理由は、当時の貴族の暮らしを知ると見えてきます。そこは、本でじっくり追うほうが分かりやすい話です。
よくある疑問
- 今、鎧を着て国会議事堂に入ったら逮捕されますか?
- 実際に適用された例は確認できません。2005年、検察を担う王立検察局(CPS)は、この法令などの古い法令で近年起訴された人は把握していないと説明しました。担当者は、議事堂で鎧を着ているのが見つかったら、まずは警察が扱う話になるとしています。
- 最近も話題に上りましたか?
- 2026年、ゴミ箱の形をしたかぶり物で選挙に立つ候補者「カウント・ビンフェイス」が話題になりました。当選したらあの衣装のまま議場に入れるのか、という議論で、この法令が引き合いに出されています。英紙インディペンデントも取り上げています。
- スコットランドや北アイルランドでも有効ですか?
- 法令データベースが示す効力の範囲は、イングランドとウェールズです。1313年当時、スコットランドは別の王国でした。ロンドンの国会議事堂はイングランドにあるので、この法令の範囲に入ります。
まとめ
「鎧を着て議会に入ってはいけない」法律は、1313年に定められ、今も効力のある本物の法律です。禁じているのは鎧だけでなく武力全般で、対象も議会に限りません。武装した貴族が議会に乗り込んだ時代に、5度目の禁令として作られました。
イギリスの「変な法律」の話を見かけたら、本物か俗説かをlegislation.gov.ukで確かめられます。法令の名前で検索すれば、現行か廃止済みかがその場で分かります。
参考にした資料
- legislation.gov.uk — A Statute forbidding Bearing of Armour (1313)
- Wikipedia — Statute forbidding Bearing of Armour
- The History of Parliament — On Swords and Pink Ribbon
- HuffPost UK(Conor Gearty) — Are These Really Laws?
- The Register — UKTV Gold の「ばかげた法律」調査(2007年)
- Wikipedia — Serjeant-at-Arms of the House of Commons
- Wikipedia — Strange laws(法律委員会による真偽の確認)