雑学

チーズを追いかけて丘を転がる?イギリスの奇祭

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
チーズを追いかけて丘を転がる?イギリスの奇祭

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イギリス西部グロスターシャー州のクーパーズ・ヒルでは、毎年5月末に「チーズ転がし祭り」が開かれます。重さ3〜4キロの丸いチーズが急斜面を転がり落ち、その後を大勢の人が追いかけます。

記録に残る始まりは1836年です。戦時中も、主催者がいなくなった2010年以降も、チーズは毎年丘を転がってきました。感染症でレースが中止になった年でさえ同じです。その190年をたどります。

丘とチーズのルール

会場はブロックワース村にあるクーパーズ・ヒルで、丘の標高は287メートルあります。コースの長さは約180メートル、傾きはおよそ50パーセント。2メートル進むあいだに1メートル下がる坂で、場所によってはさらに急になります。地面はでこぼこの草地で、立ったまま下りきるのはほぼ無理です。

転がすのはダブル・グロスターという固いチーズです。グロスターシャーで16世紀から作られてきた地元のチーズで、側面を木の枠で守ってからスタートします。

このチーズ自体も、一度は消えかけました。農家でのダブル・グロスター作りは1950年代に途絶え、1973年にチャールズ・マーテルが古いグロスター種の牛3頭を集めて復活させています。今スーパーに並ぶものの多くは大きな工場製ですが、祭りでは農家の手作りのチーズが使われてきました。

チーズには約1秒の先行が与えられます。この1秒と急な傾きのせいで、人の足では追いつけません。勝者は「チーズを捕まえた人」ではなく、「最初にふもとのゴールを越えた人」です。

賞品は、転がしたチーズそのもの。当日は下りのレースが少なくとも4本あり、うち1本は伝統的に女子のレースです。下りのレースに出られるのは18歳以上で、子どもは斜面を駆け上がる「上り」のレースに参加します。2025年の子どもの上りは、「11歳未満」と「11歳以上」の2つに分かれていました。なお「チーズは時速70マイル(約110キロ)に達する」とよく紹介されますが、計測にもとづく公式の記録ではありません。

1836年の触れ書き

いつ始まったのかは、はっきりしていません。ギネス世界記録はこの祭りを「最も長く続くチーズ転がしレース」と認めていて、根拠にしたのは1836年に町の触れ役へ出された依頼文です。この文面は、1883年7月27日付のグロスターの地元紙「シチズン」に引用されました。

依頼文の中身は、聖霊降臨祭の翌月曜日の午後3時から「ウェイク(祭り)」を開くというお知らせです。賞品として2つのチーズのほか、プラムケーキやニシン、リボンが並んでいました。当時のチーズ転がしは、村の祭りの出し物の1つだったわけです。

起源には、いくつかの説があります。ギネスは、丘が共有地であり、チーズを転がすことで地元の人の放牧の権利を守る意味があったと説明しています。異教の豊穣の儀式に根をもつという見方もあります。ただ、どちらも史料で確かめられたわけではありません。BBCの「少なくとも600年」、1954年の本の「少なくとも500年」という年数も、記録にもとづく数字ではありません。

戦時中も続いた20世紀

祭りは戦争の時代も止まりませんでした。女子の部で4回の優勝記録をもつイルゼ・ケップラーが勝ったのは、1941年から1944年。第二次世界大戦のさなかです。

開催日は長く聖霊降臨祭の翌月曜日でしたが、1967年から5月末の祝日「スプリング・バンク・ホリデー」に移ります。今も原則として5月最後の月曜日に開かれるのは、このためです。

1970年代から90年代にかけては、常連の選手が勝ち続けました。スティーブン・ガイドは1976年から1991年に21勝、スティーブン・ブレインは1984年から2000年に17勝しています。女子では21世紀に入って、フロー・アーリーさんが2008年から2019年に4勝を挙げ、ケップラーの記録に並びました。

1988年からは、近くのチャーチャムで農場を営むダイアナ・スマートさんと息子のロッドさんがチーズを作るようになりました。1993年には16人が負傷し、うち4人が重傷でした。

2009年、人が多すぎた

転機は2009年です。収容できるのはおよそ5000人の会場に、約1万5000人が押し寄せました。安全を保てないとして、翌2010年の公式行事は中止になります。それでも当日は約100人が集まり、非公式にチーズを転がしました。

2011年には入場券制の2日間の催しが提案されましたが、主催者への嫌がらせを受けて取りやめになっています。この年も約200人が非公式に集まりました。以後、祭りは主催者を置かないまま、有志の手で続いています。

2012年には、応急手当を担ってきた救急ボランティア団体のセント・ジョン・アンビュランスも撤退しました。翌2013年には警察が、当時86歳のダイアナさんを含む関係者に、けが人が出れば責任を問われうると警告します。この年は本物のチーズの代わりに発泡素材の偽物が転がされ、本物が戻ったのは2014年でした。

中止の年もチーズは転がる

レースが開けない年もありました。2001年は家畜の口蹄疫が広がり、2020年と2021年は新型コロナで中止です。それでもチーズは、伝統を絶やさないために丘を転がされました。放牧の権利を守るという言い伝えが、ここでも生きています。

2022年6月5日に祭りが戻ると、下りで23勝を挙げたクリス・アンダーソンがこの年を最後に引退しました。ブロックワース出身で、元イギリス陸軍の兵士です。2005年から積み上げた男子の最多記録です。チーズを作ってきたダイアナさんは、その前年の2021年に亡くなっています。

2023年には6人の参加者が病院へ運ばれました。女子の部を制したデラニー・アービングさんは、意識を失った状態でゴールし、救護所で優勝を知ったといいます。同じ年、クーパー・カミングスさんが13秒の最速記録を出しました。

参加者は国際色を増しています。2013年にはアメリカのケニー・ラッカーズさんが北米出身で初めて優勝し、日本のタナカ・トモアキさんも男子の下りで1勝を挙げました。2024年からはドイツのユーチューバー、トム・コプケさんが3連覇。2026年は男子の下りをすべて、ドイツ・オランダ・アメリカの参加者が制しました。

年表で見るチーズ転がし

クーパーズ・ヒルのチーズ転がしの年表
年できごと
1836年町の触れ役に「ウェイク」の告知が頼まれる(記録に残る最古の例)
1883年地元紙「シチズン」が1836年の依頼文を引用
1941〜1944年イルゼ・ケップラーが女子の部で4連勝
1967年開催日が5月末の祝日に移る
1988年スマート家がチーズを作り始める
2001年口蹄疫で中止、チーズだけ転がす
2009年約1万5000人が集まり、翌年から公式行事が中止に
2013年警察の警告を受け、発泡素材のチーズを使う
2020〜2021年新型コロナで中止、チーズだけ転がす
2022年クリス・アンダーソンが23勝で引退
2024〜2026年トム・コプケが3連覇

村の祭りの出し物から、世界中から挑戦者が集まる非公式の大会へ。イギリスにはほかにも、スティルトンやエダムのチーズを転がす催しがあります。ただ、ギネスによれば、クーパーズ・ヒルほど長く続いているものはありません。見に行くなら、丘の上より麓で見るほうが安全です。転がるチーズも転げ落ちてくる人も止まれないので、立つ位置は現場の指示に従ってください。

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