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サケはなぜ生まれた川に帰れるのか、旅の謎

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
サケはなぜ生まれた川に帰れるのか、旅の謎

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サケが生まれた川を見分ける最大の手がかりは、においです。稚魚のころに覚えた母川のにおいを、数年後の帰り道でたどります。

この部分の仕組みは、すでに実験で確かめられています。まだ解けていないのは、その手前にある「広い海の上で方角をどう決めるか」のほうです。この記事では、研究者がどうやって確かめてきたかと、遡上を自分の目で見るときの手順を紹介します。

においを覚えるのは、川を出る直前

サケは川で生まれ、海へ下って北の海で育ち、産卵のために生まれた川へ戻ってきます。日本大百科全書は、この母川回帰を「川で生まれた魚が海に下り、一定期間を経て同じ河川系に戻る習性」と定義しています。戻ってくるのは、4歳のサケがもっとも多くなっています。

有力なのは嗅覚刷り込み説です。稚魚は川を下る直前のごく短い期間に、母川の水のにおいを記憶します。日本大百科全書によれば、必要な時間は数時間から2日以内という短さです。

この説を確かめた実験は、発想がとても単純です。鼻の穴をふさいだサケは、生まれた川を見分けられなくなりました。アメリカの生物学者アーサー・デイビス・ハスラーとアラン・T・ショルツは、こうした実験を重ね、1983年に嗅覚刷り込み説を裏づける成果をまとめています。

では、川のにおいとは具体的に何でしょうか。北海道大学の上田宏氏は、バイオメカニズム学会誌(2007年)の論文で、川の水に溶けているアミノ酸の組成が川ごとに違うと報告しました。サケは、その違いを嗅ぎ分けています。同じ論文は、脳から出るホルモン(サケ型生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン:sGnRH)が帰る行動を調節していることや、視覚を使って回帰する行動にも触れています。においだけで説明がつく現象ではありません。

海の上で方角を決める仕組み

においが役に立つのは、川の近くまで来てからです。外洋から沿岸まで数千キロを移動する区間では、母川のにおいは届きません。この長い区間をどう泳ぐのかが、母川回帰の最大の空白です。

候補の1つは地磁気です。2013年に学術誌カレントバイオロジーに載った研究は、カナダのフレーザー川に戻るベニザケの漁獲データ56年分を調べました。川へ戻るには、バンクーバー島の北と南のどちらかを回ります。地磁気の強さの分布が北へずれた年は北回りが多く、南へずれた年は南回りが多くなっていました。

ただし、地磁気のずれで説明できたのは、ルート選びのばらつきの約16%です。海面の水温が約22%、両者の組み合わせがさらに約28%を占めました。研究チームの考えでは、地磁気で近づけるのは母川から50〜100キロの範囲までです。その先は、においなど別の手がかりに切り替わります。

もう1つは、太陽の位置で方角を知る太陽コンパス説です。日本大百科全書は、陸で暮らすベニザケ(ヒメマス)やサクラマスが、太陽の動きから方向を判断できることを紹介しています。どちらか一方に決着したわけではなく、複数の手がかりを組み合わせているという見方が有力です。

研究者は「どこのサケか」をどう確かめる?

回遊を調べるいちばん古い方法は、目印を付けて放す標識放流です。水産研究・教育機構の資料によると、1917年には石狩湾で、サケの親魚に標識を付けて放した記録があります。体の外にリボンや円盤を付ける方法でした。

外付けの標識は、小さな稚魚には付けられません。そのため、生まれた川から海へ向かう「行き道」は長いあいだ分かりませんでした。これを変えたのが、1990年代の終わりに大量に使えるようになった「耳石温度標識」です。

耳石は、魚の頭の中にある小さな石です。卵の時期に飼育水の温度を周期的に下げると、耳石に黒い輪が刻まれます。輪の並び方はふ化場や地域ごとに変えてあり、決め方は国際的な約束で決まっています。日本から放したサケは、いちばん内側の線が2本です。

この目印のおかげで、放流時に1グラムほどしかない稚魚が、日本から2,000キロ以上離れたベーリング海まで泳いでいることが確かめられています。

確かめる作業は地道です。ベーリング海の調査では、17か所の地点で、網口の幅が40メートルある網を1時間ずつ引きます。1回で100匹ほど、多いときは500匹を超えるサケがとれます。頭から耳石を取り出し、薄く磨いて顕微鏡で輪を確かめます。毎年1,500〜2,700匹分の耳石を調べても、日本の標識が見つかるのは多くて100匹ほどです。ロシア生まれのサケも、同じ海に多く混じっているからです。

遡上を自分の目で確かめる

母川回帰の終わりの部分は、川辺で観察できます。次の順で計画すると、見逃しが減ります。

  1. 時期を選ぶ:北海道の千歳川では、遡上は10月に最も多くなります。年の気候や水温で時期と数が変わるので、行く前に施設の最新情報を確かめます。
  2. 観察施設を使う:千歳市の「サケのふるさと千歳水族館」には、千歳川の中をのぞける縦1メートル、横2メートルの窓が7つあります。隣では、サケを捕まえて採卵に回す「インディアン水車」が、例年8月20日ごろから11月末ごろまで動きます。
  3. 川では捕らない:水産資源保護法第28条は、川や湖などの内水面でサケを捕ることを禁じています。見つけても、網や釣り針は使いません。
  4. 数字と見比べる:見た日の様子を、下の回帰率の表と比べます。目の前の1匹が、どれほど少ない側にいるかが分かります。

サケの仲間の見分け方や、卵から親になるまでの姿の変化は、文章より写真で追うほうが分かりやすい話です。観察の前後に魚の図鑑を開くと、目の前のサケがどの段階にいるのかを確かめられます。

帰れるサケは、ごくわずか

仕組みが精密でも、実際に戻れるのはほんの一部です。水産研究・教育機構は、放流した数に対して4年後に戻ってきた数の割合を「単純回帰率」として公表しています。4年後と決めているのは、サケが4年魚でもっとも多く戻るからです。

サケの単純回帰率(%)。2026年4月17日時点の暫定値を含む
年北海道本州全国
1996年5.693.294.52
2020年1.760.311.24
2022年3.060.121.93
2024年1.830.051.30
2025年0.780.040.66

全国の値は、約30年で7分の1ほどに下がりました。年ごとの上下も大きく、2022年に1.93%まで戻った値は、3年後に3分の1ほどまで落ちています。本州は2025年に0.04%で、放した1万匹のうち戻るのは4匹ほどの計算です。原因の解明が課題になっています。

よくある疑問

川で遡上中のサケを釣ってもいいですか?
いいえ。水産資源保護法第28条で、内水面でのサケの採捕は禁じられています。例外は、漁業の免許を受けた人や、法律に基づいて特別な許可を受けた人などに限られます。
単純回帰率の「4年後」は、どう読めばいいですか?
2025年の値なら、4年前の2021年に放した数に対して、2025年に戻った数の割合です。実際には3歳や5歳で戻るサケもいるので、生まれ年ごとの本当の回帰率とは少しずれます。本当の値は全員が戻り終えるまで何年も待たないと出せないため、早く傾向をつかむ目安として使われています。

まとめ

においで川を選び分ける部分は、鼻をふさぐ実験やアミノ酸の研究で確かめられてきました。残っているのは、海の上で向きを決める仕組みで、地磁気と太陽が候補に挙がっています。

秋に遡上を見る機会があれば、その1匹が回帰率0.66%の側にいることを思い出してみてください。数千キロの旅の最後の数キロを、においを頼りに泳いでいる姿です。

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