猫のゴロゴロには骨を治す力がある?癒しの周波数
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猫のゴロゴロが骨を治すという話は、今のところ証明されていない仮説です。2001年に「この振動には治す働きがあるのでは」という問いが出されましたが、猫で効果を確かめた対照実験はまだありません。
一方で、ゴロゴロが「どうやって鳴るのか」は、2023年に大きく見直されました。約90年分の研究を年代順にたどり、どこまでが分かっていて、どこからが推測なのかを整理します。
ゴロゴロ研究の年表
猫のゴロゴロは身近な音ですが、研究の歴史は意外に浅く、仕組みも長いあいだ仮説のままでした。主な節目を先に並べます。
| 年 | 研究者 | 分かったこと・示されたこと |
|---|---|---|
| 1936年 | ギブズら | 脳の一部を電気で刺激すると、猫がゴロゴロを鳴らす |
| 1972年 | レマーズとゴーティエ | 喉の筋肉が毎秒20〜30回縮むことで鳴る、という「筋肉説」 |
| 2001年 | フォン・ムッゲンターラー | 猫科44頭を録音。25〜150ヘルツの成分を測り、治癒との関係を問う |
| 2002年 | ワイセングルーバーら | のどの骨(舌骨)の形だけでは、鳴らせるかどうかは決まらない |
| 2009年 | マカムら | 餌をねだるゴロゴロには、鳴き声に似た高い音が混じる |
| 2010年 | エクルンドら | チーターと飼い猫のゴロゴロの周波数を、吸う息と吐く息で比べる |
| 2023年 | ヘルプストら | 取り出した喉頭に空気を通すだけで、ゴロゴロと同じ低さの振動が出る |
ここからは、この年表の順に話を進めます。
1936〜1972年:脳と喉の筋肉が鳴らす音
初期には、胸の中を血液が流れる音だという説もありました。この見方を変えたのが脳の研究です。1936年、ギブズらは猫の脳の特定の場所を電気で刺激すると、ゴロゴロが起きることを報告しました。音を出す指令が、脳から出ていることを示す結果です。
1972年には、レマーズとゴーティエが、喉の筋肉の電気信号を測りました。猫がゴロゴロを鳴らしているあいだ、喉の筋肉には毎秒20〜30回の規則正しい信号が流れます。筋肉が声門を細かく開け閉めし、吸う息でも吐く息でも空気の流れを震わせて音が出る。これが「筋肉説」で、以後約50年にわたって教科書の説明になりました。
ただし、ウィーン大学の研究チームは2023年の論文で、この説を直接支える証拠は意外に少ないと指摘しています。
2001年:「治す音」という仮説の登場
2001年、アメリカ音響学会の学会誌に「猫科のゴロゴロは治癒のしくみか」という発表が載りました。ノースカロライナ州の研究所のエリザベス・フォン・ムッゲンターラーが、チーター・オセロット・ピューマ・飼い猫・サーバルの計44頭のゴロゴロを録音したものです。
- どの種も、25〜150ヘルツに強い成分があった
- 飼い猫・サーバル・オセロット・ピューマは、25ヘルツと50ヘルツが目立ち、100ヘルツ付近にも成分があった
フォン・ムッゲンターラーは、体の内側に治す仕組みがあれば回復や、動かない時期の筋肉と骨の維持に役立つはずだと論じました。2003年には、カリフォルニア大学デービス校の獣医学者レスリー・ライオンズが、Scientific American誌でこの考えを紹介しています。猫は子猫に授乳する時や撫でられる時だけでなく、動物病院にいるときやケガから回復している最中にも鳴らす。この範囲の周波数が骨の密度や治りに良い影響を与えうる、という研究もある。だからゴロゴロは意思を伝える手段であり、自分を治す手段かもしれない、という説明です。
大事なのは、重なっているのは周波数の数字だけだという点です。猫がゴロゴロを鳴らすと自分の骨折が早く治る、と示した対照実験は行われていません。ライオンズの解説も「可能性がある」という書き方にとどまっています。
同じころ、どの猫科がゴロゴロを鳴らせるのかも調べられました。ライオン・トラ・ジャガー・ヒョウのように吠える大型の猫は、ふつうゴロゴロを鳴らせません。例外はユキヒョウです。2002年には、のどの骨の形だけで鳴らせるかどうかが決まる訳ではない、という研究も出ました。
猫科の外に目を向けると、ジャコウネコの仲間のジェネットも本物のゴロゴロを鳴らします。アライグマやマングース、カワウソやキツネなども似た音を出します。ただしキツネのように、吐く息のときだけ鳴らす動物もいます。吸う息でも吐く息でも途切れずに鳴らせる点が、飼い猫のゴロゴロの特徴です。
2009〜2010年:使い分けと、吸う息・吐く息
2009年、カレン・マカムらは、飼い主に餌をねだるときのゴロゴロを分析しました。この音には、低いうなりの中に、高い周波数の鳴き声のような成分が混じっていました。
50人に同じ音量で聞かせると、ねだるゴロゴロは、ふだんのゴロゴロより「切迫している」「心地よくない」と判定されました。猫は場面によって、人の反応を引き出しやすい音を混ぜている訳です。実証されたゴロゴロの「効果」は、今のところこちらのほうです。
2010年には、エクルンドらが、チーターと飼い猫のゴロゴロを細かく測りました。チーターは吐く息で平均20.87ヘルツ、吸う息で18.32ヘルツ。飼い猫は吐く息で21.98ヘルツ、吸う息で23.24ヘルツでした。どちらの猫も、息を吸うときと吐くときの両方で鳴らしていました。
2023年:喉だけで鳴った
筋肉説に正面から問いを投げたのが、ウィーン大学のクリスティアン・ヘルプストらが2023年10月に学術誌カレントバイオロジーに発表した研究です。
チームは、呼吸器と関係のない重い病気で安楽死となった猫8匹の喉頭を、飼い主の同意を得て調べました。取り出した喉頭に空気を流すと、神経の信号も筋肉の収縮もないのに、8つすべてがゴロゴロと同じ毎秒25〜30回の振動を起こしました。筋肉説が正しければ、起きないはずの結果です。
鍵になったのは、声帯に埋まった直径最大4ミリほどの「パッド」です。結合組織のかたまりで、声帯を重くし、小さな体に似合わない低音を生む助けになっていると考えられます。振動の1回ごとに声帯が閉じている時間は80%から95%超にもなり、人の声でいう「ボーカルフライ(がらがら声)」に近い鳴り方でした。人のボーカルフライは70ヘルツより低い声で、猫の25〜30ヘルツはさらにその半分以下です。研究チームは、人の最も低いバスの声よりも低い音だと説明しています。
ただし論文は、筋肉説を完全に否定してはいません。生きた猫では、脳からの指令と声帯の振動が同じリズムにそろって働いている可能性も残っています。生きた猫での測定は、これからの課題です。
いま言えること、まだ言えないこと
約90年の研究で確かになったのは、次の点です。ゴロゴロは吸う息と吐く息の両方で鳴る、毎秒20〜30回ほどの低い振動である。喉頭には、その低さを生みやすい特別なパッドがある。そして猫は、ねだるときに人の耳に届きやすい音を混ぜる。
一方で、「骨を治す力がある」とは言えません。25〜150ヘルツという数字が重なることは、効果の証拠にはならないからです。ゴロゴロが猫の体に何をしているのかは、2001年の問いのまま残っています。
ネコの体と行動の仕組みを図で見渡したいなら、科学雑誌の別冊や新書がまとまっています。次に猫が喉を鳴らしたら、音の高さにも耳を傾けてみてください。低く滑らかなら、くつろいでいる合図。どこか鋭い音が混じっていたら、何かを求められているのかもしれません。
参考にした資料
- Scientific American — Why do cats purr?
- ScienceDaily(University of Vienna) — Cats purr differently than previously thought
- Wikipedia — Purr
- ウィーン獣医大学リポジトリ — Herbst et al. (2023) Domestic cat larynges can produce purring frequencies without neural input(Current Biology 論文本文)
- Journal of the Acoustical Society of America — The felid purr: A healing mechanism?(2001)