雑学

世界最大級ともいわれるブラジルの祭典とは

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
世界最大級ともいわれるブラジルの祭典とは

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リオのカーニバルは、ギネス世界記録に「世界最大のカーニバル」として載っている、ブラジル・リオデジャネイロの祭典です。毎日およそ200万人が街に繰り出します。中心にあるのは、サンバ学校が270点満点を争う採点競技です。

キリスト教の暦に合わせて開かれるので、日付は毎年変わります。2026年は2月13日から18日でした。この記事では日付の決まり方と採点の仕組みを押さえ、よくある誤解や日本で見られる身近な例も紹介します。

日付が毎年ずれる理由

カーニバルは「灰の水曜日」の前の金曜日に始まり、灰の水曜日の正午に終わります。灰の水曜日は、復活祭(イースター)の前の約40日間「四旬節」の初日です。カーニバルは、この四旬節に入る直前の数日間に開かれます。

復活祭は、春分のあとの満月をもとに決まる移動祝日です。カーニバルの初日は復活祭の51日前、最終日は46日前にあたります。そのため、開催日は2月から3月のあいだで毎年動きます。2026年は2月13日から18日、2028年は2月25日から3月1日です。

南半球のブラジルでは、2〜3月は真夏です。日本では冬の祭りのように思えますが、リオでは暑さの中で踊る祭りになります。

270点満点の採点競技

パレードの主役は、最上位グループ「グルーポ・エスペシアル」の12校です。2025年の大会を報じたブラジルの通信社アジェンシア・ブラジルなどによると、採点のルールは次のとおりです。

審査は9項目で、各項目に4人ずつ、合計36人の審査員がつきます。点数は9.0から10.0のあいだで、9.7のような小数も使えます。各項目の4人のうちいちばん低い点は捨てられ、残り3人の点を足します。

1項目の満点は10点×3人で30点。9項目なので、満点は270点です。審査員1人の辛い採点だけで順位がひっくり返らないように、最低点を外しています。

グルーポ・エスペシアルの審査9項目(アジェンシア・ブラジルの記事をもとに作成)
項目(ポルトガル語)見られるところ
バテリア打楽器隊の演奏
サンバ・エンレードその年のテーマ曲
ハルモニア歌と踊りのそろい方
エヴォルソン隊列の流れ
エンレードテーマとその表現
アレゴリアとアデレッソ山車と小道具
ファンタジア衣装
コミサォン・ジ・フレンチ先頭を歩く集団の演技
メストレ・サラとポルタ・バンデイラ旗手の女性と、その相方の男性の踊り

時間にも決まりがあります。1校の持ち時間は70分以上80分以内で、70分に足りない分も80分を超えた分も、1分ごとに0.1点引かれます。約700メートルの通りを、数千人の隊列が時間内に進み切らなければなりません。

2026年2月18日の開票では、ウニドス・ド・ヴィラドゥーロが270.0点で優勝しました。9項目すべてで30点、つまり満点です。2位のベイジャ・フロールは269.9点で、差は0.1点でした。最下位の学校は、翌年は下のグループに落ちます。

よくある誤解:200万人の多くはパレード会場の外にいる

「毎日200万人」という数字から、全員がサンバ学校のパレードを見ていると思われがちです。実際には、パレードの会場サンボードロモの観客席は約7万2500人分しかありません。

多くの人が参加しているのは、街の通りを練り歩く「ブロコ」と呼ばれる集まりです。観客席に座って見るパレードとは違い、ブロコは通りそのものが会場です。

サンボードロモは、ブラジルを代表する建築家オスカー・ニーマイヤーの設計で、1984年3月に完成しました。約2500人の作業員が110日で建てた施設です。観客席の下には115の教室があり、カーニバル以外の時期は学校として使われます。

「マルケス・ジ・サプカイ」は、会場が面する通りの名前です。正式名称は、人類学者で副知事も務めたダルシー・リベイロにちなむ「ダルシー・リベイロ教授通路」です。通りの名のもとになったサプカイ侯爵(1793〜1875年)は法律家・政治家で、カーニバルとは関係がありません。ナショナル ジオグラフィック ブラジル版によると、カーニバル期間の来場者は12万人を超え、160を超える国から観光客が訪れます。

もう1つの誤解は、「サンバ学校」という名前です。サンバ学校はダンスを教える学校ではなく、地域ごとの住民の団体です。1校のパレードには3000人以上が加わり、打楽器隊だけで平均250〜300人になります。テーマ決めや曲のコンテスト、山車づくりと練習を、1年がかりで進めます。

始まりは1932年の新聞社の大会

リオで最初のカーニバルの祭りが開かれたのは1723年です。ポルトガルから持ち込まれた「エントルード」という、通りでふざけ合う祭りが始まりでした。

最初のサンバ学校とされるのは、1928年8月12日にエスタシオ地区で生まれた「デイシャ・ファラール」です。そして1932年2月、市の中心部の広場プラッサ・オンゼで、サンバ学校どうしの初めての競演が開かれました。主催したのはスポーツ紙「ムンド・スポルチヴォ」で、記者のマリオ・フィーリョが、サッカーの試合がないカーニバル休暇の記事を作るために企画したものです。参加は19校、優勝はマンゲイラでした。

その後の歴史で最多の優勝を誇るのは、ポルテーラの22回です。2025年からは、グルーポ・エスペシアルのパレードが初めて3夜に分けて行われるようになりました。

1935年にはパレードが公式行事になり、リオ市が運営に加わります。新型コロナの流行で2021年にパレードが開かれなかったのは、1932年以来初めてのことでした。

日本で見られる身近な例

リオまで行かなくても、採点されるサンバのパレードは東京で見られます。東京・浅草の「浅草サンバカーニバル」です。昭和50年代半ばに、地元の商店連合会が中心になって始めました。

浅草のパレードも、リオと同じくコンテスト形式です。2015年の案内では、上位のS1リーグに9チーム、S2リーグに7チームが出場しています。前年の2014年の来場者は約49万5000人でした。開催は毎年夏の終わりで、2025年は8月30日でした。

リオで1校が進む約700メートル、70〜80分の持ち時間と比べながら見ると、隊列の作り方の違いが分かります。ブラジルという国の暮らしや、カーニバル以外の文化まで知りたいなら、写真の多い世界の国の図鑑が手がかりになります。

よくある疑問

優勝校はいつ決まりますか?
パレードが終わった灰の水曜日の午後に、開票が行われます。2026年は2月18日に、市内の「シダージ・ド・サンバ」で点数の入った封筒が開けられました。上位6校は、その週の土曜日に「チャンピオンのパレード」でもう一度行進します。
中止になった年はありますか?
あります。カーニバルは1915〜18年と1940〜45年に中止され、2021年も新型コロナの流行で中止になりました。2022年は4月に延期して開かれ、2023年に例年の時期に戻っています。

まとめ

リオのカーニバルは、毎日約200万人が集まる世界最大のカーニバルです。その中心では、12校が9項目・36人の審査員による270点満点を争います。最低点を捨てる仕組みと、1分ごとに0.1点を引く時間の決まりが、勝負を細かくしています。

次に映像を見るときは、隊列の先頭と最後尾、そして山車の通過にかかる時間を追ってみてください。2026年は、その積み重ねの末に満点の優勝校が生まれました。

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