雑学

死を明るく祝う?メキシコの死者の日

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
死を明るく祝う?メキシコの死者の日

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死者の日は、亡くなった家族を悲しみではなく笑顔で迎えるメキシコの行事です。中心は11月1日と2日の2日間で、家々には祭壇が組まれ、オレンジ色の花と砂糖菓子の骸骨が並びます。

ただし、いま世界で知られている姿の多くは20世紀以降にできたものです。笑う骸骨の貴婦人は1913年、首都の大パレードは2016年に始まりました。日付・花の量・年号など、数字を手がかりに行事の成り立ちを見ていきます。

日付は11月1日と2日

メキシコ政府の地方行政機関(INAFED)の解説では、11月1日は「小さな死者」と呼ばれる子どもの魂を、2日は大人の魂を迎える日です。この2日はカトリックの諸聖人の日と死者の日にあたり、日付はここから来ています。

準備はもっと早く始まります。メキシコ農業農村開発省の報告によると、10月に入ると、町には祭壇や死者のパン・砂糖菓子の骸骨・ろうそく・切り絵の飾りが並び始めます。墓地は昼も夜も開いていて、家族が墓を花やろうそく、料理で飾ります。

地域差も大きく、ユカタン半島ではマヤの言葉で「魂の食事」を意味するハナル・ピシャンの名で呼ばれます。儀式の日も、10月31日・11月1日・11月6日と、ほかの地域とずれています。

夜通し墓地で過ごす土地もあります。メキシコシティのミスキックでは、11月2日に何千本ものろうそくが墓を照らし、「ラ・アルンブラーダ(灯り)」と呼ばれます。パツクアロの町に近いハニツィオ島では、11月2日の真夜中に人々が舟で島へ渡り、墓地で死者を迎えます。舟は羽を広げたような形で、「マリポサ(蝶)」と呼ばれます。

行事の根は、スペイン人が来る前にさかのぼります。INAFEDによると、先住民は亡くなった人をござで包んで葬り、死者の国ミクトランへの旅を助ける宴を開きました。死者もお腹がすくと考え、食べ物を供えたといいます。アステカの儀礼の暦には20日ずつの「月」があり、そのうち2つが死者のための月でした。9番目は子ども、10番目は大人のためです。

ユネスコは、こうした先住民の儀礼に16世紀に入ってきたカトリックの祭日が重なり、溶け合ったのが今の行事だと説明しています。時期はトウモロコシの栽培が1年の区切りを迎える頃とも重なり、死者が豊作も災いももたらすと信じられてきました。

祭壇を彩る花を数字で見る

祭壇はオフレンダと呼ばれます。故人の写真・ろうそく・切り絵の飾り(パペル・ピカド)・砂糖でできた骸骨、そして「死者のパン」と呼ばれる菓子パンが定番です。生前に好きだった料理やモレを供える家庭も多くあります。INAFEDの解説では、魂は供えられた料理の「エッセンス」を味わうとされています。

いちばん目を引くのが、センパスチルと呼ばれるオレンジ色のマリーゴールドです。名前はナワトル語の「センポワルショチトル」から来ていて、「20の花」や「たくさんの花」を意味します。ユネスコによると、墓地から家までの道に花びらとろうそくを並べ、魂を地上へ導きます。

この花の多くは、死者の日のために育てられています。メキシコ農業農村開発省の2022年の報告から、数字を拾うと次のとおりです。

センパスチル(マリーゴールド)の生産(メキシコ農業農村開発省・2022年報告、2021年の値)
項目数字
作付け面積2,198ヘクタール
年間の生産額約1億3,900万ペソ
9月に出回る量年間の4.4%
10月に出回る量年間の89.9%
11月に出回る量年間の5.7%
生産額でいちばんの州プエブラ州

1年分の約9割が10月に集中し、12月から8月までは出回る量がほぼゼロです。農家は9月の終わりに最初の刈り取りを始め、11月の初めを過ぎると収穫はぐっと減ります。同じ報告によると、2021年に作られた季節の花は5種類で6,761ヘクタール。そのうち約3分の1が、センパスチルでした。

笑う骸骨は1913年から

骸骨の飾りには、もとになった1枚の版画があります。版画家ホセ・グアダルーペ・ポサダの「ラ・カラベラ・ガルバンセラ」です。英語版ウィキペディアによると、制作は1910〜12年ごろとされ、確実に世に出たのは1913年の風刺の刷り物でした。ポサダはこの年に亡くなっています。

ヨーロッパ風の大きな帽子をかぶった骸骨の女性で、アメリカのワットコム博物館は、「ガルバンセラ」を先住民の出自を隠してヨーロッパ系だけを名乗る人への蔑称だと説明しています。着飾っても骨は骨で、死は誰にも平等に訪れる。その皮肉が、笑う骸骨の出発点です。

「カラベラ・カトリーナ」という題名は、1930年に本に載ったときに付けられました。この骸骨を国の象徴にまで押し上げたのが、画家ディエゴ・リベラです。リベラは1946〜47年、壁画「アラメダ公園の日曜の午後の夢」に、等身大のカトリーナを描きました。

この行事の主役は涙ではありません。悲しむのではなく、故人と過ごした時間を明るく思い出す日です。骸骨の飾りには愉快な表情が描かれ、墓地でも家族が食事をしながら語り合います。

大パレードは2016年から

首都メキシコシティの大通りを骸骨や山車が練り歩くパレードは、伝統行事ではありません。きっかけは2015年の映画『007 スペクター』です。冒頭に死者の日のパレードが登場しますが、当時そんな行事は実在しませんでした。

翌2016年10月29日、市が実際にパレードを開き、レフォルマ通りから歴史地区まで約25万人が集まりました。2021年には欧州連合(EU)の代表部も参加し、9キロの道のりに100万人以上が集まったと発表しています。

死者の日にかかわる年号
年できごと
16世紀カトリックの祭日が入り、先住民の儀礼と溶け合う
1913年ポサダの骸骨の版画が風刺の刷り物で世に出る
1930年「カラベラ・カトリーナ」の題名で本に載る
1946〜47年リベラが壁画に等身大のカトリーナを描く
2003年ユネスコが「人類の口承及び無形遺産の傑作」として宣言
2008年ユネスコ無形文化遺産の代表一覧に記載
2015年映画『007 スペクター』に架空のパレードが登場
2016年メキシコシティで初のパレード(約25万人)

古い儀礼と新しい演出が重なって、今の死者の日ができています。世界の国々の行事や暮らしを並べて見比べたいなら、写真の多い子ども向けの百科事典が手早い入り口です。

よくある疑問

死者の日は、何千年も前から同じ形で続いているのですか?
いいえ。死者を敬う習慣は先住民の時代からありますが、日付は16世紀に入ってきたカトリックの暦に合わせたものです。カトリーナの姿は20世紀、首都のパレードは2016年に生まれました。ユネスコも、先住民の儀礼とカトリックの祭日が溶け合った行事だと説明しています。
ハロウィンと同じ行事ですか?
別の行事です。時期が近く骸骨も登場しますが、死者の日の中心は、家族が故人の写真と好物を祭壇に供えて迎えることです。日付も、カトリックの諸聖人の日と死者の日にあたる11月1日と2日です。

まとめ

死者の日は11月1日に子ども、2日に大人の魂を迎える行事です。祭壇を彩るセンパスチルは、2021年に2,198ヘクタールで作られ、1年分の約9割が10月に出回りました。笑う骸骨は1913年の版画、首都のパレードは2016年の映画がきっかけです。

名前を呼び、好物を供え、写真を飾る。今年の11月、身近な誰かの好きだった食べ物を1つ思い出してみてください。この行事が守ってきたものが、少し近く感じられるはずです。

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