貯金箱はなぜ豚の形?有名な語源説は俗説だった
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豚の貯金箱の由来として、昔の英語で安い粘土を指した「pygg」が、動物の豚と取り違えられたという話がよく語られます。ところが、この粘土が実在した記録は見つかっておらず、語源の研究では裏づけのない話とされています。
実際の記録をたどると、豚の形の貯金箱は12世紀のジャワ島にさかのぼり、英語の「piggy bank」が現れるのは20世紀です。この記事では、古代の貯金箱から順に歴史を追い、最後に今の豚の貯金箱の選び方を紹介します。
最古の貯金箱は、神殿の形だった
お金をためる箱そのものは、豚よりずっと古くからあります。英語版の百科事典によると、西洋で見つかった最古の貯金箱は紀元前2世紀のものです。小アジア(今のトルコ)にあったギリシャの植民市プリエネから出土し、小さな神殿の形をしていました。屋根の三角形の部分に、硬貨を入れる細い口が開いています。
ローマ時代になると、貯金箱は各地の遺跡から見つかるようになります。火山の噴火で埋もれたポンペイやヘルクラネウムからも出ています。中国では南宋の時代(1127〜1279年)の貯金箱が残り、ベルギーのブルッヘでは1250〜1350年ごろの赤い素焼きの貯金箱が見つかっています。
どれも、入れた硬貨が簡単には出せない作りです。中身を使いたければ、壊すしかありませんでした。古い貯金箱がめったに完全な形で残らないのは、そのためです。
豚の形は、ジャワ島から始まった
いま知られている最古の豚形貯金箱は、12世紀のジャワ島のものです。その後、13〜15世紀に栄えたマジャパヒト王国の都トロウラン(東ジャワ)から、素焼きの豚形の貯金箱が数多く出土しました。インドネシアの国立博物館には、割れた破片から組み直された1点が収められています。
インドネシア語で貯金箱は「チュレンガン(celengan)」といいます。語源はジャワ語の「チュレン(celeng)」で、イノシシや豚を意味します。豚の形が言葉にまで残っているわけです。
インドネシアの考古学者スプラティクノ・ラハルジョは、トロウランの貯金箱で一番多い形は豚だと述べています。羊・亀・馬・象がそれに続きます。どれも硬貨を入れる小さな口があるだけで、取り出すには割るしかありませんでした。
インドネシアの考古学誌に載った発掘報告を見ると、トロウランの同じ発掘区から、貯金箱の破片と穴あきの銅銭(ケペン)の破片が並んで出ています。中に入っていた硬貨の姿を思い浮かべる手がかりです。
ヨーロッパの「pig」は、器の名前だった
ヨーロッパでも、豚の形の貯金箱は中世からありました。ドイツ中部のテューリンゲンでは、工事中に13世紀の豚の貯金箱が見つかっています。イギリスにも、16世紀のチューダー朝の貯金箱が残っています。ドイツでは豚が幸運の象徴とされてきたため、豚の貯金箱が広まったのはドイツからではないか、という見方もあります。
一方、スコットランドでは、まったく別の「pig」が使われていました。『古スコットランド語辞典』によると、pig(綴りはpygとも)は壺や水差しなど、主に陶器の器を指す言葉です。最も古い用例は1488年の記録にあります。
この器のpigから生まれたのが「pirlie-pig」です。『スコットランド語辞典』は、主に丸い陶器でできた、硬貨を入れる口のある貯金箱と説明しています。古くは1679年に「pirrel pig」という形が記録されています。前半のpirlは、硬貨を突いたり揺すったりして、口から取り出す動作を指す言葉です。器のpigは実在しましたが、それが動物の豚の姿につながった証拠は見つかっていません。
「piggy bank」は20世紀の言葉
英語で豚の貯金箱を指す言葉は、ずっと新しいものです。百科事典によると、「pig bank」は1900年にアメリカの新聞に現れます。オックスフォード英語辞典の最も古い用例は、pig bankが1902年、piggy bankが1913年です。メリアム・ウェブスター社の語源担当の編集者も、本の中では1902年より前のpig bank、1909年より前のpiggy bankは見つからないと答えています。
では、pygg粘土の話はどこから来たのでしょうか。語の歴史を調べたある書き手によると、この話が載った最も古い本は1965年の雑学本で、1989年の雑学本にも引き継がれました。どちらの本からも、確かな出典はたどれません。その後はウェブの記事にも広まり、今も引用され続けています。
| 年代 | できごと |
|---|---|
| 紀元前2世紀 | ギリシャの植民市プリエネで、神殿形の貯金箱が作られる |
| 12世紀 | ジャワ島で、豚の形の貯金箱が作られる |
| 13世紀 | ドイツのテューリンゲンに豚の貯金箱が残る |
| 13〜15世紀 | マジャパヒト王国で、素焼きの豚形貯金箱が数多く作られる |
| 1488年 | スコットランドで、器を指すpigの最古の用例 |
| 1679年 | 貯金箱を指す「pirrel pig」の記録 |
| 1900年 | アメリカの新聞に「pig bank」が現れる |
| 1913年 | オックスフォード英語辞典の「piggy bank」最古の用例 |
| 1965年・1989年 | pygg粘土の話が、出典をたどれない形で雑学本に載る |
年表にすると、ずれがはっきりします。器のpigは15世紀からありましたが、豚の貯金箱を指すpiggy bankは20世紀です。「中世の粘土の名前が豚と取り違えられた」という1本の筋書きでは、この400年以上の開きを説明できません。
割らずに使える、今の豚の貯金箱
マジャパヒトの貯金箱も中世ヨーロッパの壺も、中身を出すには割るしかありませんでした。今の豚の貯金箱の多くは、底にゴムの栓が付いていて、割らずに硬貨を取り出せます。選ぶときは、この2点を確かめると失敗が減ります。
- 底に栓があるか(栓がない物は、割らないと開かない)
- 入れたい硬貨が入るか(500円玉が通る口の大きさか)
そのうえで、昔ながらの陶器か、たまった額が見える物かで2点を選びました。価格は2026年10月時点の楽天市場の表示です。
陶器の豚:ぶた貯金箱(中)瀬戸焼 約2,550円。愛知県の瀬戸焼の職人が1つずつ作る陶器の貯金箱で、昭和40年ごろから売られている形です。幅約14cm・高さ約10cmで、500円玉まで入ります。底のゴムパッキンを外せば、割らずに取り出せます。
向いている人:陶器の器という、pigの元の意味に近い1つを置きたい人。注意:手作りのため形や色に個体差があり、落とすと割れます。
金額が見える貯金箱:自動計算・デジタルカウント機能付き貯金箱 約3,250円。硬貨を入れるたびに、種類と合計額が液晶に出ます。透明な樹脂製で、硬貨は800〜1,000枚入り、単4形乾電池2本で動きます。
向いている人:たまった額を数字で見たい子どもや家族。注意:読み取りを誤ることがあり、そのときはボタンで額を直します。電池の交換に手間取ると、表示がゼロに戻ります。
確かなことと、残る謎
確かなのは、豚の形の貯金箱が12世紀のジャワ島からあり、ヨーロッパにも13世紀から残っていることです。もう1つは、スコットランドでpigが陶器の器を指し、貯金壺がpirlie-pigと呼ばれたこと。一方、pyggという粘土の名前は、確かな記録に出てきません。
器のpigと動物の豚が、どこでどう結びついたのか。そこはまだ答えの出ていない問いです。次に豚の貯金箱を手に取ったら、底の栓を外して中をのぞいてみてください。600年前の職人なら、割らなければ見られなかった眺めです。
参考にした資料
- World Wide Words — Piggy bank
- Oxford Medieval Studies(オックスフォード大学) — Writing in the Mud: Studying Majapahit 'Piggy Banks' as a Historian of Medieval Europe
- Wikipedia — Majapahit Terracotta
- Wikipedia — Piggy bank(最古の貯金箱・pig bank の初出)
- Dictionaries of the Scots Language — Pig, Pyg n.2(古スコットランド語辞典)
- Dictionaries of the Scots Language — Pirlie-pig n.(スコットランド語辞典)
- Good News From Indonesia — Artefak Celengan, Bukti Tradisi Menabung Masyarakat Indonesia Sejak Zaman Majapahit
- Words & Stuff(kith.org) — Piggy bank(メリアム・ウェブスター社編集者の回答を含む)
- Berkala Arkeologi — Kusmartono (2002) Mayoritas Keramik Yuan di Trowulan(トロウラン発掘区の出土品)