給料「サラリー」の語源は塩だった?
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給料を意味する英語のサラリー(salary)は、塩から生まれた言葉です。ラテン語で塩を表す「サル(sal)」が、手当を表す「サラリウム(salarium)」になり、フランス語を経て英語に入りました。
一方で「古代ローマの兵士は塩で給料をもらっていた」という有名な話は、古代の記録では確かめられません。語源は事実、塩での支払いは裏づけのない話。この2つを分けて見ていきます。
サラリーは塩から生まれた言葉
salaryのもとをたどると、ラテン語の形容詞「サラリウス(salarius)」に行き着きます。意味は「塩の」「塩にかかわる」。その中性形が名詞として使われたのがsalariumで、こちらは「手当」「俸給」を意味しました。
言葉の移り変わりを表にすると、次のようになります。
| 言語 | 語 | 意味 |
|---|---|---|
| ラテン語 | sal | 塩 |
| ラテン語 | salarius | 塩の、塩にかかわる |
| ラテン語 | salarium | 手当、俸給 |
| 古フランス語・アングロ=ノルマン語 | salaire | 給料 |
| 中英語 | salarie | 給料 |
| 英語 | salary | 給料(とくに月給・年俸) |
表の4段目のアングロ=ノルマン語は、1066年のノルマン征服のあと、イングランドの支配層が使ったフランス語です。ラテン語の「塩の」が、フランス語を通って英語の「給料」になりました。
サラリウムは役人の暮らしを支える支給だった
では、ローマでサラリウムを受け取ったのは、どんな人たちだったのか。1875年に出た古典の事典、スミスの『ギリシア・ローマ古代事典』がくわしく説明しています。
同じ事典によると、共和政の時代には、サラリウムという言い方は使われていなかったようです。広まったのは帝政に入ってから。初代皇帝アウグストゥスは、属州の総督や軍の指揮官に金銭を与えるようにしました。それまで総督の暮らしは、物資を納める請負人がまかなっていました。のちに現物の支給も加わり、サラリウムは貨幣と生活物資の両方を含む言葉になります。
受け取る人の範囲は、時代とともに広がりました。
- アントニヌス・ピウス帝: 帝国全土の弁論家と哲学者に俸給を定め、務めを怠った者からは差し引いた
- アレクサンデル・セウェルス帝: 弁論家・文法学者・医師・占い師・数学者・技術者・建築家にまで決まった俸給を設けた
事典はこうした説明の根拠に、スエトニウスやタキトゥス、ユウェナリスといったローマの歴史家や詩人の記述を挙げています。皇帝の伝記に出てくる話なので、時代と人物がはっきりしています。
サラリウムは、兵士全員に配る給料ではありません。総督や指揮官、学者や専門職に国が払う手当でした。
塩とつながった理由は分かっていない
なぜ「塩の」という言葉が手当の意味になったのか。実は、はっきりした答えはありません。
古代の手がかりは、1世紀のローマの学者プリニウスが書いた『博物誌』の一節です。プリニウスは塩の大切さを並べる中で、こう書きました。戦いで功を立てた者への褒美にも塩が関わっていて、サラリウムという言葉はそこから来た、と。ただし、どんな褒美で、どう塩が関わったのかは書いていません。
この一節の前後で、プリニウスは塩をほめ続けています。塩が無ければ暮らしの楽しみは成り立たない。気のきいた冗談も、ラテン語では「塩」と呼ぶ。家畜に塩を与えると、よく草を食べ、乳も増える。それほど塩を持ち上げた章でも、兵士に塩を配ったとは一言も書いていません。給料が塩で払われていたなら、真っ先に挙げそうな話です。
後の時代には、いくつもの説明が考え出されました。
- 「塩のお金(salarium argentum)」を縮めた言葉だという説。ただし、この言い方は古代のどの文献にも見つかっていない
- 塩などの日用品を買うためのお金だったという説
- 塩そのものが給料として配られたという説
Wiktionaryによると、「塩のお金」という言い方にも、兵士が塩で払われたという話にも、古代の史料の裏づけはありません。分かっているのは「塩の」という形の言葉が手当を指した、という事実までです。
よくある誤解「ローマ兵は塩で給料をもらった」
いちばん広まっているのが、ローマの兵士は塩を給料として受け取った、という話です。英語版ウィキペディアは、この話を根拠のない現代の主張としています。
ローマ兵の給与は貨幣で払われていました。兵士の給料を指す言葉は、サラリウムではなく「スティペンディウム(stipendium)」です。こちらは「小さな支払い」と「量って払う」を組み合わせた言葉で、税や兵役そのものを指すこともありました。
おもしろいのは、英語のsoldier(兵士)の語源です。たどると、後期ラテン語の「ソリドゥス(solidus)」に行き着きます。ソリドゥスは金貨の名前です。語源で見るなら、兵士と結びついていたのは塩より金貨のほうでした。
この誤解は日本の百科事典にも入り込んでいます。日本大百科全書のサラリーマンの項は、salaryの由来を伝聞の形で紹介しています。古代ローマで兵士が塩を買うための金銭を与えられたことに由来する「という」書き方です。言い切っていない点に注意して読むと、話の確かさの度合いが見えてきます。
身近に残る「塩」の言葉
塩を表すsalの仲間は、給料のほかにも身近な言葉に残っています。
- サラダ(salad): 「塩で味付けする」というラテン語から。ローマ時代、野菜は塩水や塩気のあるドレッシングで味を付けて食べた
- ソーセージ(sausage): 「塩で味付けした」という後期ラテン語から
- worth one's salt: 「仕事ができる」という英語の言い回し。記録に現れるのは1805年からで、salaryとの関係が考えられている
日本語のサラリーマンも、この流れの先にあります。世界大百科事典によると、サラリーマンは明治期に使われ始めた和製英語です。日本国語大辞典は、谷崎潤一郎『痴人の愛』(1924〜25年)の「模範的なサラリー・マン」を用例に挙げています。それ以前は「月給取り」や、江戸時代の下級武士が腰に弁当を下げて勤めに出たことから来た「腰弁」とも呼ばれました。
ラテン語の小さな部品が、英単語の中にどう残っているのか。この見方は、salの1語だけでなく多くの単語に使えます。部品ごとに図で並べた語源の本があると、ほかの単語の成り立ちも追いやすくなります。
よくある疑問
- ローマの「サラリア街道」も塩の道ですか?
- はい。プリニウスは、サビニ人が取り決めにより塩をすべてこの道で運んだことから、サラリア街道と名付けられたと書いています。塩がローマで大切にされていた証拠として挙げた例です。ただし、塩が大切だったことと、塩で給料が払われたことは別の話です。
- ローマで塩を配った記録はありますか?
- 給料としての記録ではありませんが、あります。プリニウスによると、伝説上の王アンクス・マルキウスは民衆に600モディウスの塩を施し、初めて製塩所を設けました。
まとめ
サラリーが塩を表すラテン語salから生まれたのは事実です。サラリウムは、ローマの皇帝が役人や学者に払った手当でした。なぜ「塩の」が手当の名前になったのかは分かっていません。「兵士が塩で給料をもらった」という話には、古代の裏づけがありません。
給料日にサラリーという言葉を見かけたら、サラダやソーセージと同じ「塩の仲間」だと思い出してみてください。同時に、もっともらしい語源の話ほど、どこまでが記録でどこからが後付けかを確かめる価値があります。
参考にした資料
- Online Etymology Dictionary — salary
- University of Chicago(Smith's Dictionary of Greek and Roman Antiquities)— Salarium
- Wikipedia(英語版)— Salary(Etymology)
- Perseus Digital Library(タフツ大学) — プリニウス『博物誌』第31巻41章(英訳)
- Wiktionary — salary(Etymology)
- Wiktionary — stipendium
- Wiktionary — soldier(Etymology)
- Wiktionary — worth one's salt
- コトバンク — サラリーマン(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)