黄金比とは?1.618という数と、美しさの俗説
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黄金比は約1.618という数です。線の分け方として、古代ギリシャの数学書にはっきり定義されています。
ただし「人がもっとも美しいと感じる比」という有名な話は、実験で裏づけが取れていません。パルテノン神殿やオウムガイの話も、測り直すと1.618から外れます。数としての黄金比と、美の基準としての黄金比を分けて、よく出る疑問に順に答えます。
黄金比とは、どんな数?
1本の線を長い部分と短い部分に分けます。全体と長い部分の比が、長い部分と短い部分の比に等しくなる。この分け方が黄金比で、ユークリッドの『原論』では「外中比」と呼ばれています。
条件を式にして解くと、(1+√5)÷2という数が出てきます。小数で書くと1.6180339887…と、どこまでも割り切れない無理数です。ギリシャ文字のφ(ファイ)で表すことが多く、発明家マーク・バーが1910年ごろまでに使い始めました。
φには変わった性質があります。2乗すると1を足したのと同じ2.618…になり、逆数は1を引いたのと同じ0.618…になります。正五角形でも、対角線と1辺の長さの比がちょうどφです。『原論』がこの比を使ったのも、正五角形や正十二面体を作図するためでした。
「黄金」と呼ばれ始めたのはいつ?
ユークリッド自身は、この比を黄金とは呼んでいません。数学者ルカ・パチョーリは1498年までに『神聖比例論』を書き上げ、この比を「神聖な比」と呼びました。1509年にヴェネツィアで印刷された本には、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵をもとにした60点ほどの木版画が入っています。
1609年には天文学者ケプラーが手紙の中で、フィボナッチ数列との関係を書き残しました。ケプラーは幾何学の2つの宝として、ピタゴラスの定理とこの比を挙げ、後者を「貴重な宝石」とたとえています。
「黄金分割」という言葉が印刷物に現れた最初の例は、1835年に出たマルティン・オームの数学書の脚注です。1826年の初版には、この脚注はありませんでした。定義から2000年以上たってからついた呼び名なのです。
フィボナッチ数列とどう関係するの?
フィボナッチ数列は、前の2つを足して次の数を作る数列です。1・1・2・3・5・8と続きます。隣り合う数の比をとると、黄金比に近づいていきます。
- 8÷5=1.6
- 13÷8=1.625
- 21÷13=1.615…
- 34÷21=1.619…
- 89÷55=1.6181…
値は1.618の上と下を交互に行き来しながら、少しずつ近づきます。ただ、その近づき方はゆっくりです。φを分数の入れ子で表すと、すべての段が1になるもっとも単純な形になり、そのせいで分数による近似が進みにくいと説明されています。ここまでは、すべて証明された数学の話です。
本当に人は黄金比を美しいと感じるの?
美の基準説の出どころは、1876年に心理学者グスタフ・フェヒナーがまとめた実験です。いろいろな比の長方形から好ましいものを選ばせたところ、黄金比のあたりに好みが集まったと報告しました。
ところが、その後の追試は結果がそろいません。1997年、ドイツのオルデンブルク大学のホルガー・ヘーゲ氏が追試をしました。フェヒナーと同じ比の白いカードを黒い台に並べ、できるだけ元の実験に近づけたものです。方法を少しずつ変えた3つの実験のどれでも、黄金比はもっとも好まれる比になりませんでした。
ヘーゲ氏は、フェヒナーが見た好みの山を「実験の条件が生んだ見かけの結果か、まだ分からない要因によるもの」と見ています。結論は「黄金分割仮説は神話である」。論文の題は「黄金分割仮説――その最後の葬儀」でした。
パルテノン神殿やピラミッドは黄金比でできている?
1992年、数学者ジョージ・マーコウスキー氏が「黄金比についての誤解」という論文を発表しました。数学的な性質はおおむね正しく語られている。しかし美術や建築、文学などで語られる内容の多くは誤りか、大きく誤解を招くものだという結論です。
パルテノン神殿は、寸法の資料ごとに数字が違います。マーコウスキー氏によると、著者ごとに測る点が違うためです。ある建築史の本の寸法では、幅÷高さも長さ÷幅も約2.25でした。基壇から屋根の頂点までの高さを使う別の資料では、幅との比は約1.71です。神殿を黄金長方形に収める図でも、建物の一部は長方形の外にはみ出しています。
ギザの大ピラミッドについてよく引かれる「ヘロドトスが書き残した」という話も、ヘロドトスの原文には見当たりません。マーコウスキー氏は、この解釈が1859年に出たジョン・テイラーの本までさかのぼると紹介しています。
測る候補が多ければ、何かの数は見つかります。マーコウスキー氏は、ピラミッドの底面の周と高さの比が2π(約6.28)の誤差2%以内に入ることも示しました。どの数でも「当てはまる」ように見えるのは、測る場所を選べるからです。
オウムガイやヒマワリは黄金比なの?
オウムガイの殻は、黄金比の例としてよく写真に使われます。しかし、1999年に数学者クレメント・ファルボ氏がカリフォルニア科学アカデミーの殻を測ると、比は1.24から1.43でした。2018年にクリストファー・バートレット氏がスミソニアン協会の80個を測ったときも、平均は1.310です。どちらも1.618には届いていません。
いっぽう、植物には黄金比と関わりの深い例があります。円周を黄金比で2つに分けたときの小さいほうの角、約137.5度の「黄金角」です。らせん状に葉や種をつける植物では、この角度に近いずれがよく見られます。ヒマワリの種の並びでは、この角度が種を隙間なく詰める助けになると研究されています。
ただし、こちらも例外があります。2016年に発表された市民参加の研究では、657個のヒマワリを集め、信頼できるデータの中で768のらせんの数を数えました。フィボナッチ数だったのは565です。残りには、フィボナッチ数に近いだけの物や、当てはまらない物もありました。
身近な長方形は黄金比なの?
「クレジットカードは黄金比」という話もよく聞きます。実際に、身近な長方形の比を計算してみます。
| もの | 寸法 | 長い辺÷短い辺 |
|---|---|---|
| 黄金長方形 | ― | 1.618 |
| クレジットカード(ISO/IEC 7810 ID-1) | 85.60×53.98ミリ | 約1.586 |
| A4の紙(ISO 216) | 297×210ミリ | 約1.414(√2) |
| 横長の画面(16:9) | ― | 約1.778 |
カードは1.586で、黄金比とは約2%ずれます。A4の紙は黄金比ではなく√2で、半分に切っても同じ形になるように決められた比です。この性質の利点は、1786年にドイツの科学者リヒテンベルクが手紙で書き残しています。
黄金比を意図して使った例もあります。建築家ル・コルビュジエは、建物の寸法を決める独自の体系「モデュロール」に黄金比をはっきり取り入れました。黄金比が本当に使われているのは、こうして作り手がわざと選んだ場合です。
まとめ
黄金比は、約2300年前の定義から一度も動いていない正確な数です。フィボナッチ数列との関係も、黄金角の性質も証明されています。いっぽう「人がもっとも美しいと感じる」という話は、ヘーゲ氏の追試で支持されず、神殿やオウムガイの例も測り直すと外れます。
1.6前後の数字を見かけたら、どこから、どこまでを測った値なのか確かめてみてください。手元のカードを定規で測るだけでも、85.60÷53.98が1.618にならないことを確かめられます。
参考にした資料
- MacTutor(セント・アンドルーズ大学) — The Golden ratio
- 香港科技大学 Science Focus — MythBusters: The Golden Ratio Around Us
- Empirical Studies of the Arts — The Golden Section Hypothesis: Its Last Funeral(Höge, 1997)
- George Markowsky(メイン大学) — Misconceptions about the Golden Ratio(The College Mathematics Journal, 1992)
- Wikipedia — Golden ratio
- Wikipedia — Divina proportione(パチョーリ『神聖比例論』)
- Science News — Sea Shell Spirals(2005)
- Royal Society Open Science — Novel Fibonacci and non-Fibonacci structure in the sunflower(2016)
- Wikipedia — Golden angle(黄金角)
- Wikipedia — ISO/IEC 7810(カードの寸法)
- Wikipedia — ISO 216(A判の紙の寸法)