無限にも大きさの違いがあるという驚きの事実
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無限には大きさの違いがあります。自然数の無限より、0.123…のような小数まで含めた実数の無限のほうが大きい。これは感覚の話ではなく、1874年に証明された数学の事実です。
証明したのは、ドイツの数学者ゲオルク・カントールです。使った道具は「ペアを作って比べる」という、小学生でも分かる方法でした。この記事では、無限について浮かびやすい疑問を順に取り上げます。
数えられない無限を、どうやって比べるの?
ペアを作って比べます。無限は数え終わらないので、個数を出して比べることはできません。そこでカントールは、一対一の対応を物差しにしました。
考え方は、椅子取りゲームと同じです。部屋の全員が椅子に座り、空いた椅子も残らなければ、数を数えなくても「同じ数」だと分かります。2つの集まりの要素を、もれも余りもなくペアにできれば同じ大きさ。どう組んでも片方が余るなら、大きさが違う。カントールは1878年の論文で、この考えをもとに集合の大きさ(濃度)を定めました。
この物差しは、有限の世界ではただの数え方の言い換えです。ところが無限に当てはめると、直感に反する答えが次々に出てきます。
自然数と偶数は、どちらが多いの?
同じ数だけあります。1には2、2には4というように、どの自然数nにも偶数2nを1つずつ当てます。すると両方とも1つも余りません。
偶数は自然数の半分しかないように見えます。この食い違いに最初に気づいたのは、カントールより200年以上前のガリレオ・ガリレイです。1638年の著書『新科学対話』で、ガリレオは自然数と平方数(1・4・9…)を1つずつ対応させられることを指摘しました。そのうえで「等しい・大きい・小さいという言葉は、無限には使えない」と結論づけ、比べること自体をあきらめています。カントールは逆に、ペアにできるなら同じ大きさと定義して、先へ進みました。
分数も同じです。分母と分子で縦横の表を作り、すみから斜めにたどります。こうすれば、すべての分数に1番・2番と番号を振れます。数直線のすき間を埋め尽くすように見える分数でさえ、自然数と同じ大きさです。
この奇妙さを物語にしたのが「ヒルベルトのホテル」です。ドイツの数学者ダフィット・ヒルベルトが1924〜25年の講義「無限について」で紹介し、物理学者ジョージ・ガモフの1947年の本『1, 2, 3…無限大』で広く知られました。部屋が無限にあるホテルが満室でも、n号室の客に2n号室へ移ってもらえば、奇数の部屋がすべて空きます。満室のまま、無限の客を新しく迎えられるのです。
実数が自然数より多いのはなぜ?
どう並べても、漏れる数がどうしても出てくるからです。これを示す方法が、カントールが1891年に発表した対角線論法です。
0と1のあいだの小数がすべて一列に並んだ表が作れた、と仮定します。1番目の数は小数第1位、2番目の数は第2位というように、斜めに数字を拾っていきます。
| 番号 | 表に並んだ小数 | 拾う数字 | 置き換え |
|---|---|---|---|
| 1番目 | 0.3141… | 3 | 4 |
| 2番目 | 0.5000… | 0 | 1 |
| 3番目 | 0.7182… | 8 | 7 |
| 4番目 | 0.1414… | 4 | 5 |
拾った数字をすべて別の数字に置き換えて、新しい小数0.4175…を作ります。この数は、1番目の数とは第1位が違い、2番目の数とは第2位が違います。何番目の数とも、どこか1か所は違う。並べ尽くしたはずの表に入っていない数ができたので、「すべて並べた表が作れる」という仮定が誤りだったことになります。
置き換えでは、0と9を使わないのが決まりです。0.0999…と0.1000…は同じ数を表すので、0や9を使うと、表にある数と同じ数を作ってしまう恐れがあるからです。なお、カントールの1891年の論文は小数ではなく、2種類の記号が無限に続く列で同じ議論をしています。
実は、実数が数え尽くせないこと自体は、1874年の論文でもう示されていました。対角線論法はその証明を短くしたうえ、ほかの集合にもそのまま使える形にしたものです。
いちばん大きい無限はあるの?
ありません。どんな無限を持ってきても、それより大きい無限が作れます。
鍵になるのは「部分集合を全部集めた集合」です。たとえば3人のグループから、何人かを選ぶ選び方は、0人選ぶ場合も含めて23=8通りあります。3人より8通りのほうが多い。カントールは、この関係が無限の集合でも常に成り立つことを、同じ対角線論法で証明しました。カントールの定理と呼ばれます。
自然数の部分集合を全部集めると、実数と同じ大きさになります。その部分集合を全部集めれば、さらに大きくなる。この操作は何度でも繰り返せるので、無限の大きさは天井のない階段のように続きます。カントールは自然数の大きさをアレフゼロ(ℵ0)と名づけ、そこから上の段にも順に名前を付けていきました。アレフはヘブライ文字の1文字目です。
自然数と実数のあいだに、中くらいの無限はあるの?
答えは「今の数学の約束ごとでは、決められない」です。
カントールは1878年の論文で、中くらいの無限はない、と予想しました。これを連続体仮説と呼びます。カントール自身は生涯この予想を証明できませんでした。1900年にパリで開かれた国際数学者会議で、ヒルベルトは数学の未解決問題23個を挙げ、その1番目に連続体仮説を置いています。
決着は意外な形でつきました。1938年、オーストリア出身の論理学者クルト・ゲーデルが、「中くらいの無限はない」と仮定しても矛盾が出ないことを示します。1963年には、アメリカの数学者ポール・コーエンが、「ある」と仮定しても矛盾が出ないことを示しました。コーエンは、この仕事で1966年にフィールズ賞を受けています。
2つの結果を合わせると、標準的な集合論の公理(ZFCと呼ばれる約束ごと)からは、連続体仮説は証明も反証もできません。未解決なのではなく、今の公理だけでは決まらないことが証明されているのです。新しい公理を足せば決着するのか、という議論は今も続いています。
カントールの考えは、すぐに受け入れられたの?
いいえ、激しい反対にあいました。中心にいたのは、ベルリン大学の数学者レオポルト・クロネッカーです。クロネッカーはカントールの証明を認めず、カントールを「科学のペテン師」「若者を堕落させる者」とまで呼びました。1874年の論文の掲載を遅らせたのも、クロネッカーだったとされています。
カントール自身も、自分の発見に驚いていました。1877年、カントールは線分の上の点と正方形の中の点を一対一に対応させられると気づきます。友人の数学者デデキントへの手紙には「見えるが、信じられない」とフランス語で書きました。長さしかない線と面積を持つ面が、同じ大きさの無限だったのです。
カントールは1884年からたびたびうつ状態に苦しみ、入院を繰り返しました。1918年1月、ドイツのハレの療養所で亡くなっています。それでも集合論は20世紀の数学の土台になりました。ヒルベルトは1926年の論文で「カントールが作った楽園から、だれも私たちを追い出せない」と書いています。
対角線論法は、ゲーデルの不完全性定理や、コンピューターで解けない問題があることの証明にも形を変えて使われています。この流れを順を追ってたどるには、数式を少しずつ追える読み物の本が向いています。
まとめ
無限の大きさは、ペアを作れるかどうかで比べます。自然数・偶数・分数は同じ大きさで、実数はそれより大きい。さらに上の無限はいくらでも作れて、自然数と実数のあいだに中くらいの無限があるかどうかは、今の公理では決められないと分かっています。
手を動かして確かめるなら、紙に小数を4〜5個書き、対角線を拾って置き換えてみてください。どの数とも違う小数が、自分の手でできあがります。
参考にした資料
- Stanford Encyclopedia of Philosophy — The Continuum Hypothesis
- Wikipedia — Cantor's diagonal argument
- Encyclopaedia Britannica — Transfinite number
- Wikipedia — Georg Cantor(1874年の論文・クロネッカーの反対・デデキントへの手紙)
- Wikipedia — Continuum hypothesis(1878年の予想・ヒルベルトの第1問題・コーエン)
- Wikipedia — Hilbert's paradox of the Grand Hotel
- Wikipedia — Galileo's paradox