1週間はなぜ7日。暦に隠された天体の名残
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1週間が7日である理由は、はっきりとは分かっていません。1日や1年と違って、7日という長さはどの天体の周期ともぴったり合わないからです。有力なのは、約29.5日の月の満ち欠けを4つに分けたという説です。
実際、古代ローマには8日、フランス革命期には10日の「週」がありました。この記事では、ほかの国や時代の区切り方と比べながら、7日が世界の標準になるまでをたどります。
7日は、どの天体の周期とも合わない
1日は地球が1回自転する時間、1年は地球が太陽を1周する時間です。1か月も、もとは月が満ち欠けする周期でした。どれも、空の動きがそのまま単位になっています。
ところが1週間は違います。月の満ち欠けは約29.5日なので、4週間の28日では1日半ほど足りません。7日を何回重ねても、月にも季節にもぴたりとは合わないのです。
国立天文台の暦計算室は、7日の由来を月の満ち欠けで説明しています。新月から上弦、上弦から満月へと月が大きく形を変える間隔は、29.5÷4でだいたい7日になるからです。古代バビロニアでは新月を基準に、7日・14日・21日・28日を特別な日としていたようです。
ただし、この数え方は月が替わるたびに数え直します。いまの週のように、7日が途切れずに続くものではありませんでした。バビロニアと現在の週のつながりも、英語版ウィキペディアは「証拠は弱い」としています。
世界には8日・10日・5日の「週」もあった
国立天文台は「1週間=7日である必要はありません」と書いています。実際に、人々はさまざまな長さの区切りを使ってきました。
| 時代・地域 | 1区切りの日数 | 中身 |
|---|---|---|
| 古代ローマ | 8日 | 8日ごとに市の日(ヌンディナエ)。暦にAからHの文字で記す |
| 古代エジプト | 10日 | 1か月30日を10日ずつ3つに分ける |
| 中国・日本の「旬」 | 10日 | 上旬・中旬・下旬の区切り |
| ジャワの暦 | 5日 | 市の日などに使われた5日の周期 |
| フランス共和暦(1793〜1805年) | 10日 | 「デカード」の10日目を休日に |
| ソ連(1929〜1940年) | 5日、のち6日 | 工場を止めないため、休みを交代で取る |
古代ローマの8日と7日は、しばらく並んで使われました。紀元前後ごろの暦とされる「ファスティ・サビニ」には、7日周期のAからGと、8日周期のAからHが両方刻まれています。
フランス共和暦は、1か月を30日にそろえ、10日ずつの「デカード」に分けました。10日目の「デカディ」が日曜日の代わりの休日です。休みは7日に1度から、10日に1度になりました。この暦は1805年まで使われ、そこで廃止されています。
ソ連は1929年の夏、工場や役所に5日周期の勤務を入れました。働く人ごとに休みの日を割り振り、工場が毎日動き続ける仕組みです。1931年の夏には、全員が同じ日に休む6日周期に切り替えます。それも1940年6月27日に終わり、日曜日を休みとする7日の週に戻りました。
途切れない7日を作ったのは、安息日
現在の週の特徴は、月とも太陽とも切り離されて、7日がひたすら繰り返される点です。この形をはっきり示したのが、ユダヤ教の安息日でした。旧約聖書の創世記では、神が6日で天地を造り、7日目に休んだとされています。
この7日の区切りは、宗教ごとに違う「聖なる日」を持ったまま受け継がれました。ユダヤ教は7日目にあたる土曜日、キリスト教は復活の日とされる日曜日、イスラム教は金曜日を大切にします。
ローマ帝国では、西暦321年にコンスタンティヌス帝が日曜日を休日と定め、7日の週が公式な制度になります。ここからヨーロッパへ、さらに世界へと広がりました。「肉眼で見える7つの天体を崇めたから7日になった」という説明もよく聞きます。ですが、7という数の出どころとしては決め手がありません。
曜日の名前を国ごとに比べる
一方で、曜日の「名前」が天体から来ていることは、はっきりしています。肉眼で見える太陽・月・火星・水星・木星・金星・土星を、1日ずつ割り当てたものです。この呼び方はヘレニズム時代の地中海世界で生まれ、ローマ帝国に広がりました。
| 天体 | 日本語 | 英語(名前の由来) | フランス語 |
|---|---|---|---|
| 太陽 | 日曜日 | Sunday(太陽) | dimanche(主の日) |
| 月 | 月曜日 | Monday(月) | lundi |
| 火星 | 火曜日 | Tuesday(戦いの神ティウ) | mardi |
| 水星 | 水曜日 | Wednesday(主神ウォーデン) | mercredi |
| 木星 | 木曜日 | Thursday(雷神トール) | jeudi |
| 金星 | 金曜日 | Friday(女神フリッグ) | vendredi |
| 土星 | 土曜日 | Saturday(土星) | samedi(安息日) |
英語は、ローマの神をゲルマンの神に置き換えました。戦いの神マルスはティウに、雷を操るユピテルはトールに替わっています。土曜日だけは対応する神がおらず、土星(サトゥルヌス)の名前が残りました。フランス語などのロマンス語では、日曜日が「主の日」に、土曜日が「安息日」に変わりました。残りの5日には天体の名前が残っています。
日本語の曜日は、天体の漢字名をほぼそのまま使っています。対照的に、いまの中国語は月曜を「星期一」と呼ぶように、数字で数えます。同じ漢字の国でも、天体の名前を残した日本と、番号に置き換えた中国とで分かれています。
並び順にも仕組みがあります。古代の考え方で地球から遠い順に並べると、土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月です。1日24時間を、この順に1時間ずつ天体に受け持たせます。24を7で割った余りは3なので、翌日の最初の1時間を受け持つ天体は3つずつ先へ進みます。こうして、土・日・月・火・水・木・金の順ができあがりました。
日本で曜日が暮らしに入るまで
日本への七曜の伝来は、空海が中国から伝えたといわれる『宿曜経』によるとされます。現存する最古の記録は、藤原道長の日記『御堂関白記』が書かれた具注暦で、998年の巻の欄外に朱書きで七曜が記されています。この曜日は計算すると、いまの曜日とそのままつながっています。
ただし、当時の用途は占いでした。曜日ごとの吉凶を見るためのもので、休みの目安ではありません。曜日が暮らしの単位になるのは、明治になってからです。1873年(明治6年)に太陽暦が採用されます。1876年4月1日からは、役所が日曜日を休み、土曜日を半日休みとしました。
それでも一般には、なかなか広まりませんでした。愛知県図書館のレファレンス事例が引く百科事典によると、昭和の初めごろでも職人は10日ごと、あるいは1日と15日に休む習慣を続けていたそうです。明治9年から50年たっても、7日の週は暮らしの隅々までは届いていなかったわけです。
カレンダーで土曜日を青くするのは、日本独自の習慣のようです。国立天文台によると、1960年代に登場し、1970年代に広まりました。曜日の名前になった7つの天体が、空でどう見えるのか。それは文章より、写真と図で見比べるほうがよく分かります。
7日が残った理由
8日・10日・5日・6日。歴史の中では、さまざまな長さの「週」が試されてきました。その中で7日だけが残ったのは、天体の周期に合っていたからではありません。宗教の決まりとローマ帝国の制度、そして曜日に付いた天体の名前が重なって、世界中に根づいたからです。
フランスやソ連のように理屈で週を作り直す試みは、どちらも十数年で終わりました。次にカレンダーを開いたら、曜日の欄に並ぶ7つの天体の名前を確かめてみてください。その並び順には、1日24時間を天体に割り当てた古代の計算が残っています。
参考にした資料