雑学

色の粉を掛け合う?インドの春祭りホーリー

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
色の粉を掛け合う?インドの春祭りホーリー

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ホーリーは、色の粉や色水をかけ合って春の訪れを祝う、ヒンドゥー教の祭りです。ヒンドゥー暦ファールグナ月の満月の日に行われ、太陽暦ではおおむね2月下旬から3月にあたります。

前の晩の焚き火と、翌日の色のかけ合い。この2つで1つの祭りです。焚き火と色には、それぞれ別の神話があります。この記事では、ホーリーについて浮かびやすい疑問を順に取り上げます。

ホーリーは、いつ行われるの?

日付は毎年変わります。ヒンドゥー暦は、月の満ち欠けを軸にした暦だからです。ファールグナ月の満月がいつ来るかで、ホーリーの日が決まります。

インドのホーリーの祝日(timeanddate.com の一覧をもとに作成)
年ホーリー(色をかけ合う日)
2025年3月14日(金)
2026年3月4日(水)
2027年3月22日(月)
2028年3月11日(土)
2029年3月1日(木)

2026年の3月4日から翌年の3月22日まで、太陽暦では18日もずれます。月の満ち欠け12回分は約354日で、太陽の1年の約365日より11日ほど短くなります。そこでヒンドゥー暦は32〜33か月に1度、まるごと1か月を足して季節に合わせています。足した年の祭りは遅くなり、足さない年は早くなる。日本の旧暦の「うるう月」と同じ仕組みです。

祭りは2日がかりです。満月の晩に大きな焚き火をたく「ホーリカー・ダハン」があり、翌朝から色をかけ合う「ラングワーリー・ホーリー」が始まります。後者は地方によって、ドゥレーティーやドゥランディーとも呼ばれます。

前の晩の焚き火は、何を燃やしているの?

燃やしているのは、伝説の悪役ホーリカーです。祭りの名前も、このホーリカーから来ています。

魔王ヒラニヤカシプには、プラフラーダという息子がいました。プラフラーダは父ではなく、神ヴィシュヌを熱心に信じています。怒った父は、妹のホーリカーに息子を始末させようとしました。

ホーリカーは、火に焼かれない力を持っていたとされます。プラフラーダを膝に乗せて火の中に座りましたが、焼けたのはホーリカーのほうでした。プラフラーダは無傷で助かります。物語では、このあとヴィシュヌが人獅子(ナラシンハ)の姿で現れ、ヒラニヤカシプを倒します。

焚き火は、善が悪に勝ったこの場面を毎年なぞる行事です。ビハール州などでは、乾かした牛ふんや木材に加え、とれたばかりの穀物も火にくべます。冬の終わりと実りの季節の始まりを、同じ火で祝っているわけです。

なぜ色をかけ合うの?

色のほうは、神クリシュナと恋人ラーダーの物語が由来とされます。ブリタニカ百科事典によると、話の元は『バーガヴァタ・プラーナ』という聖典です。

クリシュナの肌は、濃い色や青で描かれます。クリシュナは、なぜ自分の肌は黒いのにラーダーは色白なのかと、育ての母ヤショーダーに尋ねました。母は冗談まじりに、「ラーダーの顔に色を塗ってしまえばいい」と答えます。クリシュナがその通りにラーダーの顔を染めたことが、色をかけ合う風習の始まりだといわれます。

そのため色のかけ合いが最もにぎやかなのは、クリシュナが生まれ育ったとされる北インドのマトゥラーやヴリンダーヴァンの一帯です。色粉は乾いた粉で塗るほか、色水をバケツで浴びせたり、「ピチカーリー」と呼ばれる水鉄砲で飛ばしたりもします。

土地によって、祝い方は違うの?

かなり違います。同じ北インドでも、ラーダーの町バルサナでは「ラトマール・ホーリー(棒のホーリー)」が名物です。クリシュナの町ナンドガオンの男性たちが色をかけに来ると、バルサナの女性たちが棒で迎え撃ちます。男性は盾で身を守り、どちらも笑いながら演じる行事で、祭りは1週間以上続きます。

東の西ベンガル州やオディシャ州では、ホーリーは「ドル・ジャトラ(ぶらんこ祭り)」と呼ばれます。クリシュナとラーダーの像をぶらんこに乗せて祝うのが特徴です。南のテランガーナ州などでは、愛の神カーマの神話と結びつけて祝います。シヴァ神に焼かれたカーマが、のちによみがえる話です。

インドの外にも広がっています。ネパールのほか、カリブ海のトリニダード・トバゴやガイアナでは「パグワー」の名で知られます。モーリシャスやフィジー、南アフリカでも盛大に祝われます。どれも、インド系の人々が多く暮らす国です。

身分の上下は、本当にその日だけ消えるの?

消えるのは、祭りのあいだだけです。ブリタニカ百科事典は、ホーリーの日にはカースト・性別・地位・年齢による決まりから外れることが許される、と説明しています。

ふだんは遠慮する相手にも、色を塗って構いません。通りには「ホーリー・ハイ(ホーリーだぞ)」という掛け声が響き、何色も重なった顔からは、誰が誰だか分からなくなります。

ただし、それは1日限りです。祭りが終わると人々は体を洗い、きれいな服に着替えます。そして友人や先生、親戚の家を訪ねます。こうして、ふだんの秩序が改めて確かめられます。羽目を外した分だけ、もとの関係に戻る節目もはっきりしているのです。

決まりがゆるむ日は、行き過ぎも起こりやすい日です。嫌がらせやけんかも起きるため、インドの多くの地域で警察が警備を強めています。

いつから続いている祭りなの?

少なくとも2000年以上前の文献に、春の祭りとして現れます。インド最古級の聖典群『アタルヴァ・ヴェーダ』の付属文献や、『カーマ・スートラ』の一部の版に、ホーラーカという名で出てきます。

7世紀には、北インドを治めたハルシャ王の戯曲『ラトナーヴァリー』に、ホーリーの祭りが描かれました。17世紀になると、インドに来たヨーロッパの商人やイギリスの役人の目にも留まり、のちに英語の辞書にも載りました。

隣国パキスタンでは、1947年の独立以来、ホーリーは公の休日ではありませんでした。2016年、議会がヒンドゥー教徒のための休日として認める決議をしています。

ホーリカーとプラフラーダ、クリシュナとラーダー、シヴァとカーマ。祭りの裏には、いくつもの神話が重なっています。それぞれの神がどんな物語の中にいるのかは、短い記事では追いきれません。インド神話を原典からたどる本のほうが、神々のつながりまで見渡せます。

色の粉は、何でできているの?

色粉は「グラール」と呼ばれます。もとは植物から作られていました。ブリタニカ百科事典によると、緑はニームやヘンナの葉、黄色はターメリックやマリーゴールドです。青にはインディゴが使われました。赤はザクロや「森の炎」と呼ばれるパラーシュの花、紅色の白檀から作られてきました。

今は、合成の色粉が多く使われています。安く手に入り、色も鮮やかだからです。一方で市販品の中には、金属を含む顔料や肌・目を刺激しうる染料が入ったものもある、とブリタニカは書いています。2007年には、デリーで目の刺激の原因として、合成染料のマラカイトグリーンを調べた研究も出ました。

小さな業者が作り、表示のないまま売られる色粉も少なくありません。そのため、花や野菜から作った色粉を広める団体も増えています。春の祭りの色を、もう一度植物に戻そうとする動きです。

まとめ

ホーリーは、ファールグナ月の満月に合わせた2日がかりの春祭りです。前の晩の焚き火はホーリカーの伝説を、翌日の色のかけ合いはクリシュナとラーダーの物語をなぞっています。日付は月の暦で決まるため、2027年は3月22日です。

写真で真っ赤や真っ青に染まった人々を見たら、その色がどこから来たのかを思い出してみてください。神話の恋と、春の花と、1日だけゆるむ決まり。あの色には、それだけの話が重なっています。

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