雑学

無数の明かりが闇を照らす、インドの光の祭り

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
無数の明かりが闇を照らす、インドの光の祭り

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ディワリは、インドを中心に10億人以上が祝う「光の祭り」です。秋の新月の夜をはさむ5日間、家々が素焼きのランプや電飾で埋め尽くされます。

名前はサンスクリット語の「ディーパーヴァリ(灯りの列)」に由来し、闇に勝つ光、悪に勝つ善を表しています。2025年12月には、ユネスコの無形文化遺産にも登録されました。この記事では、ディワリについて浮かびやすい疑問を順に取り上げます。

ディワリは、どんな祭り?

ヒンドゥー教の最も大きな祭りの1つで、インドでは国の祝日です。シク教、ジャイナ教、一部の仏教徒も、それぞれの意味を重ねて祝います。

名前のディーパーヴァリは、「ディーパ(灯り)」と「アーヴァリ(列)」を合わせた言葉です。その名のとおり、人々は玄関先や窓辺、屋根の縁に明かりを並べます。家を掃除し、新しい服を着て、お菓子を配り合うのも欠かせない習わしです。

2025年12月、ニューデリーのレッド・フォートで開かれたユネスコの政府間委員会で、ディワリは無形文化遺産の代表一覧表に加わりました。インドの無形文化遺産としては16件目です。

祭りの歴史は古く、7世紀の北インドの王ハルシャは、自作の戯曲の中でこの祭りを「灯火の祭り」の名で描いています。11世紀には、中央アジア出身の学者アル・ビールーニーが、カールッティカ月の新月にヒンドゥー教徒が祝う様子を書き残しました。一方、ムガル帝国のアウラングゼーブ帝は1665年、ディワリとホーリー祭を禁じています。禁令を経ても、祭りは各地で受け継がれてきました。

日付は、なぜ毎年変わるの?

月の満ち欠けをもとにしたヒンドゥー暦で決まるからです。中心の日は、カールッティカ月(地域によってはアーシュヴィナ月)の新月の日にあたります。

新月の夜には、月明かりがありません。1年のうちでも特に暗い夜を選んで、家じゅうを明かりで満たすわけです。グレゴリオ暦に直すと、10月中旬から11月中旬のどこかに落ち着きます。月の暦は1年が約354日と短いため、太陽の暦とのずれを調整しながら日付が決まり、年によって3週間ほど前後します。2026年は11月8日が中心の日で、2027年は10月29日、2028年は10月17日です。

5日間は、それぞれ何をするの?

ディワリは1日だけの行事ではありません。新月の2日前に始まり、2日後まで続きます。2026年の日付で並べると、次のようになります。

2026年のディワリの5日間(Wikipediaの日付をもとに作成)
日付名前主な内容
11月6日ダンテーラス家を掃除し、健康と豊かさを願って買い物をする
11月7日ナラカ・チャトゥルダシークリシュナが魔王ナラカースラを倒した日
11月8日ラクシュミー・プージャ新月の中心の日。富の女神ラクシュミーを迎える
11月9日ゴーヴァルダン・プージャクリシュナにちなむ祭礼。地域によっては新年の始まり
11月10日バーイー・ドゥージ兄弟と姉妹の絆を祝う

中心の3日目には、富と繁栄の女神ラクシュミーと、知恵の神ガネーシャに祈ります。商人の家では、帳簿や財産を司る神々にも祈りをささげます。西部のグジャラート州などでは、ディワリの翌日から新しい年が始まります。

何を祝っているの?

祝う理由は、地域や宗教によって違います。北インドでは、14年の追放に耐えたラーマ王子が魔王ラーヴァナを倒し、妃シーターとともに都アヨーディヤーへ帰った日とされます。人々が明かりを並べて王子を迎えた、という物語です。

南インドでは、1万6000人の女性を捕らえていた悪王ナラカースラを、クリシュナが打ち破った日と伝えられます。

ジャイナ教では、開祖マハーヴィーラが最後の悟り(涅槃)に達した日です。言い伝えでは紀元前527年、その夜に18人の王が明かりを灯すよう命じたのが始まりとされます。シク教では「バンディ・チョール・ディワス」と呼び、第6代グル・ハルゴービンドが、ムガル帝国の皇帝ジャハーンギールに捕らえられたグワーリヤル城から解放された日を祝います。

ネパールでは、ヒンドゥー教徒がティハール、ネワール人の仏教徒がスワンティと呼び、同じ5日間を祝います。筋書きは違っても、光が闇に勝つという主題は共通しています。

明かりは、どうやって灯すの?

昔から使われるのは、素焼きの小さなランプ「ディヤ」です。油を注いで芯を浸し、火を灯します。床には色の付いた粉や花びらで「ランゴリ」と呼ばれる模様を描き、女神を家へ招き入れます。

電飾に置き換わった家も増えましたが、明かりを並べる形は変わっていません。ラーマ王子の都とされる北インドのアヨーディヤーでは、毎年「ディープオトサヴ(灯りの祭典)」が開かれます。2025年10月には、サラユー川沿いの56か所の岸辺に261万7215個のディヤが並び、オイルランプの展示数でギネス世界記録に認められました。同じ夜には、2128人の祭司が川岸でそろって祈りの儀式を行い、こちらも世界記録になっています。

アヨーディヤーの数は年ごとに増え続けています。インド政府によると、2017年には約17万個でしたから、8年で15倍を超えた計算です。

インドの外でも祝うの?

祝われています。ディワリの中心の日は、インドを含む12か国で公式の休日です。ネパール、スリランカ、シンガポール、マレーシア、フィジー、モーリシャスのほか、南米のガイアナやスリナム、カリブ海のトリニダード・トバゴが含まれます。

南米やカリブ海の国が入っているのは、1834年から1910年代にかけて、160万人を超えるインド人が年季契約の働き手として海を渡ったためです。多くはサトウキビ農園で働き、行き先はモーリシャスの約45万人を筆頭に、ガイアナ、トリニダード・トバゴ、フィジー、スリナムなどに広がりました。移り住んだ人々の子孫が、祭りを受け継いできました。アメリカでも、コネチカット州やペンシルベニア州、カリフォルニア州が、ディワリを記念日として認めています。

花火は、なぜ問題になっているの?

煙が大気を汚すからです。首都デリーでは、2025年のディワリ前の1週間、インドの大気質指数が300〜400の「非常に悪い」水準で推移しました。

そこでインドの最高裁判所は、デリーでの従来型の花火を禁じ、「グリーン花火」だけを認めています。インドの国立研究機関が開発した花火で、環境への負荷を30〜50%、化学物質の使用を30〜70%減らせるとされます。2025年に使えたのは、ディワリの前日と当日の、朝6〜7時と夜8〜10時に限られました。インドの花火の生産量は年に約5万トン、市場規模は約7億2300万ドルとの調査もあり、祭りと産業、空気の汚れの釣り合いをどう取るかが毎年の議論になっています。

ディワリの物語や、国ごとに違う祝い方は、インドの暮らしや宗教とあわせて知ると理解が深まります。南アジアの国々を写真で見比べたいなら、世界の国を扱う図鑑が役に立ちます。

まとめ

ディワリは、秋の新月の夜をはさむ5日間、明かりを並べて善の勝利を祝う祭りです。ラーマ王子の帰還、マハーヴィーラの涅槃、グルの解放と、宗教ごとに物語は違っても、光が闇に勝つという主題は共通しています。

2026年の中心の日は11月8日です。その頃にインドの夜景の写真を見かけたら、明かりの1つひとつが、新月の暗い夜に手で灯されたものだと思い出してみてください。

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