万里の長城は宇宙から見える?よく聞く話のウソ・ホント
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万里の長城が宇宙から肉眼で見える、というのは誤りです。NASAによると、長城は月からは見えません。地球を回る軌道からも、高倍率のレンズがなければ見るのは難しいか不可能です。
全長は2万キロを超えますが、幅は6メートルほどしかありません。しかも、まわりの地面とほとんど同じ色です。この記事では、よく聞くこの話を、問いの形で1つずつ確かめます。
万里の長城は、宇宙から肉眼で見えるの?
月からは見えません。地球のまわりを回る軌道からでも、肉眼ではまず見分けられません。
NASAは、国際宇宙ステーションのリロイ・チャオ船長が撮った長城の写真を公開しています。説明文によると、この写真は高倍率のレンズで撮ったから写ったもので、軌道からでも見るのは難しいとのことです。月から見えるという話についても、言い伝えとは違って月からは見えない、とはっきり書いています。
ではなぜ、長さ2万キロの建造物が見えないのか。理由は「細さ」と「色」の2つです。
長城は、どれくらい長いの?
2012年6月、中国の国家文物局が初の全国調査の結果を発表しました。長城の総延長は2万1196.18キロメートルです。
それまで知られていた8851.8キロは、明の時代(1368〜1644年)に築かれた城壁だけの長さでした。調査の対象を秦や漢の時代の遺構まで広げたため、数字は2倍以上に伸びています。壁や塹壕などの遺構は4万3721か所あり、15の省・自治区・直轄市にまたがっていました。
地球1周は約4万キロなので、その半分を超える長さです。ただし、この長さは1本の壁が続いているわけではありません。時代の違う壁や堀が、枝分かれしたり途切れたりしながら残っています。
古い壁は紀元前7世紀ごろから各地で築かれ、紀元前221年に中国を統一した秦が、北の壁をつなぐ工事を進めました。いま観光で訪れる城壁の多くは、それよりずっと後の明の時代のものです。明の長城は、渤海に面した東の山海関から、甘粛省の西の嘉峪関まで続いています。1987年には、ユネスコの世界遺産に登録されました。
幅は、どれくらいあるの?
観光地として知られる河北省の金山嶺の城壁は、高さが5〜8メートル、下の幅が約6メートルです。上へいくほど細くなり、上の幅は約5メートルになります。道路でいえば、片側1車線の道くらいの幅です。
仮に幅を6メートルとすると、長さ2万1196キロとの比はおよそ350万対1。長さのわりに、極端に細い線だということです。英語版の百科事典ウィキペディアは、月から見た長城の幅を「約3キロ先から人の髪の毛を見るようなもの」とたとえています。
人の目は、どこまで細かい物を見分けられるの?
目の細かさの目安になるのが視力です。視力1.0は、5メートル先にある輪(ランドルト環)の、1.5ミリの切れ目を見分けられる力と決められています。この切れ目を目から見た角度は、約1分(1度の60分の1)です。
同じ1分の角度を宇宙の距離に当てはめると、見分けられる大きさは次のようになります。
| 見る場所 | 地上までの距離 | 見分けられる幅の目安 |
|---|---|---|
| 視力検査 | 5メートル | 1.5ミリ |
| 低い軌道の入り口 | 約160キロ | 約47メートル |
| 国際宇宙ステーション | 約400キロ | 約120メートル |
| 月 | 約38万キロ | 約110キロ |
宇宙ステーションの高さからでは、長城の幅6メートルは見分けられる幅の約20分の1です。月からなら、幅110キロ以上ないと見分けられない計算になります。月から長城が見えないことは、この表だけでも分かります。
逆に、幅6メートルの線を視角1分で見るには、約20キロまで近づけばよい計算です。旅客機が飛ぶ高さはおよそ10キロなので、計算の上では、窓から幅を見分けられる距離です。宇宙ステーションの約400キロは、その40倍も遠くにあります。
ただし、この数字は「すき間を見分ける力」の目安です。まわりとの明るさの差が大きい細い線なら、これより細くても見つかる場合があります。そこで効いてくるのが色です。
なぜ「色」が問題になるの?
長城は、その土地でとれる土や石、のちにはレンガで築かれました。そのため、壁の色はまわりの地面とたいして変わりません。
スペースシャトルで5回宇宙へ行ったNASAの宇宙飛行士ジェフリー・ホフマンは、人の目はコントラスト(明暗や色の差)にいちばん敏感だと説明しています。ホフマン自身は、長城を一度も見ていません。エジプトのピラミッドも見分けられなかったそうです。
反対に、宇宙からの写真でよく知られるのが、スペイン南部アルメリア県の温室群です。2004年に宇宙ステーションから撮影された写真には、明るく光る数千棟の温室が、海岸から山のふもとまで密集して写っています。NASAの推定では、温室の面積は約2万ヘクタールです。広い面積が、まわりの地面と違う明るさで固まっているため、写真でもよく目立ちます。もっとも、この写真も400ミリの望遠レンズで撮ったものです。
細く、しかも周囲と同じ色。長城は、宇宙から見つけにくい条件が2つそろった建造物です。
宇宙飛行士は、実際に見たの?
証言は分かれています。
- 楊利偉(中国初の宇宙飛行士):2003年の神舟5号の飛行のあと、長城は見えなかったと話しました
- リロイ・チャオ(NASA):2004年、宇宙ステーションから長城らしきものを撮影。ただし本人は、何が写ったのか確信が持てないと述べています
- ニール・アームストロング(NASA):月からは大陸や湖、青の上の白い斑点が見えたが、人工の建造物は見分けられなかったと語りました
- ジーン・サーナン(NASA):地上160〜320キロほどの軌道からなら、肉眼で見えると話しています
- エド・ルー(NASA):軌道から見えたと述べる一方、ほかの多くの物より見えにくいとも語っています
見えたと言う側の話には、条件が付いています。サイエンティフィック・アメリカン誌によると、見えるのは太陽が低く、長い影が壁の形を浮かび上がらせたときです。「条件がそろえば低い軌道から見えることもあるが、月からは見えない」。これが、いま分かっていることです。
この話は、いつ、どこから広まったの?
人類が宇宙へ行くより、ずっと前からありました。
1754年、イギリスの好古家ウィリアム・ステュークリーは、長城は月から見分けが付くかもしれないと手紙に書いています。1895年には、イギリスのヘンリー・ノーマンが「月から見える唯一の人の手による建造物」と記しました。
広く知られるきっかけは、1932年のアメリカの人気漫画コラム「リプリーの信じようと信じまいと」です。長城を「人類最大の作品で、月から肉眼で見える唯一のもの」と紹介しました。誰も確かめようのない時代に生まれた話が、宇宙飛行で確かめられる時代になっても生き残ったわけです。
長城がどの時代に、どんな材料で築かれたのか。各地に残る城壁の姿は、写真や図で見比べると理解しやすくなります。世界遺産としての長城を、ほかの遺産と並べて見たいなら、図鑑が役に立ちます。
まとめ
万里の長城は、月からは見えません。地球を回る軌道からでも、肉眼で見るのはまず無理で、写っている写真の多くは望遠レンズで撮ったものです。理由は、長さに比べて幅が6メートルほどと細いこと、そしてまわりの地面と色が同じことの2つです。
宇宙から見えるかどうかを決めるのは、長さではなく、幅と色の差です。次に「宇宙から見える○○」という話を聞いたら、その物の幅と、まわりとの色の違いを思い浮かべてみてください。だいたいの答えは、それだけで見当が付きます。
参考にした資料
- NASA — Great Wall(軌道から撮影された長城の画像と解説)
- Scientific American — Is China's Great Wall Visible from Space?
- 日本経済新聞 — 「万里の長城」もっと長かった 全長2万1196キロ
- Wikipedia — Great Wall of China(城壁の寸法・宇宙から見える説の歴史)
- 改訂新版 世界大百科事典(コトバンク) — 視力
- NASA Earth Observatory — Greenhouses of the Campo de Dalías, Almería Province, Spain
- ESA — El Ejido, Spain(宇宙ステーションの高度約400km)