お金より幸せを測る国?ブータンの国民総幸福
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ヒマラヤの小国ブータンは、国民の幸せを国の指標にしてきました。国民総幸福(GNH)と呼ばれるこの考え方は、9つの分野と33の指標で数値化され、2022年の指数は0.781でした。
始まりは、1970年代に若い国王が口にした一言です。それが2008年に憲法へ書き込まれ、2012年には国連の「国際幸福デー」につながりました。半世紀の流れを、年を追って見ていきます。
1972年、16歳で即位した国王
国民総幸福を言い出したのは、第4代国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクです。1955年生まれで、父王が亡くなった1972年7月、16歳で王位を継ぎました。戴冠式は1974年6月に行われています。
国王の言葉として知られるのは、「国民総幸福は国民総生産より大切だ」というものです。国の豊かさをお金の量だけで測らず、暮らしの中身で考える。この発想が、のちの政策の土台になりました。
ただし、この言葉が最初に語られた年ははっきりしません。国連の国際幸福デーの解説は、ブータンが1970年代初めから国民所得より国民の幸せを重んじてきたと書いています。一方、オックスフォード大学の研究機関OPHIは、国王がこの言葉を作ったのは1970年代後半としています。「1972年に語った」とする説明も広く出回っていますが、資料によって年が分かれています。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1972年 | ジグミ・シンゲ・ワンチュクが16歳で第4代国王に即位 |
| 1970年代 | 国王が「国民総幸福」という言葉を使い始める |
| 2001年 | 国王の命令で、憲法の起草委員会ができる |
| 2006年 | 国王が51歳で退位し、王位を息子に譲る |
| 2008年 | 憲法が成立。第9条に国民総幸福が入る |
| 2010年 | GNH指数の比較の基準となる調査。指数は0.743 |
| 2011年 | 国連総会が、ブータンの提案した決議を全会一致で採択 |
| 2012年 | 国連が3月20日を「国際幸福デー」と定める |
| 2015年 | GNH指数は0.756 |
| 2022年 | GNH指数は0.781。結果は2023年5月に公表 |
2008年、憲法に書き込まれた幸福
国王は、自らの権限を手放す改革も進めました。2001年に憲法の起草委員会をつくらせ、2006年には51歳で退位して、王位を息子に譲っています。
新しい憲法は、2008年7月18日に成立しました。同じ年には、ブータンで初めての民主的な選挙も行われています。憲法の第9条は、国が「国民総幸福の追求を可能にする条件を促すよう努める」と定めました。幸福を国が与えるのではなく、一人ひとりが追い求められる条件を整える、という書き方です。
憲法には、環境についての具体的な数字もあります。第5条は、国土の少なくとも60%を「いつまでも」森林のまま保つと定めました。GNHを支える4本の柱の1つ「環境の保全」が、数値の約束として書かれているわけです。
4本の柱の残りは、持続可能な社会経済の発展・文化の保護と振興・良い統治です。同じ2008年には、ブータン研究・GNH研究センター(CBS)が、新しい政策がGNHの指標とどう関わるかを点検する道具を作りました。法律や計画を決める前に、幸福への影響を確かめる仕組みです。
2010年、幸福を数える仕組みができる
幸福を政策に使うには、測る方法が要ります。OPHIの解説によると、GNH指数は次のように組み立てられています。
- 9つの分野:心理的な幸福・健康・教育・時間の使い方・文化の多様性・良い統治・地域の活力・環境の多様性・生活水準
- 指標の数:9つの分野に合わせて33
- 重みづけ:9つの分野は同じ重さ。客観的な指標は、自己申告の指標より重く数える
- 計算方法:アルキレ=フォスター法。指数は0から1の間に収まる
調査では一人ひとりについて、33の指標のそれぞれが足りているかを調べます。そして、満たしている指標の割合で4つの段階に分けます。
- 深く幸せ:77%以上
- 広く幸せ:66〜76.9%
- かろうじて幸せ:50〜65.9%
- 幸せでない:50%未満
このうち、66%以上を満たす「深く幸せ」と「広く幸せ」の人を、幸せな人として数えます。気分を10段階で自己申告してもらう方式とは、作りがまったく違います。2010年の調査では、指数が0.743、幸せな人の割合が40.9%でした。この年の数字が、のちの比較の基準になっています。
2011〜2012年、国連へ広がる
ブータンの考え方は、国の外にも広がりました。2011年、国連総会はブータンが提案し、68か国が支えた決議を全会一致で採択しました。開発を経済の数字だけでなく、もっと全体的にとらえるよう呼びかける内容です。
2012年4月には、幸福と暮らしの豊かさをテーマにした国連の高官級会合が開かれました。同じ年の7月12日には、国連総会の決議66/281で、3月20日が「国際幸福デー」と定められています。この決議を始めたのも、ブータンでした。
ヒマラヤの小さな国の考え方が、国連に新しい記念日を加えたことになります。
2022年調査の数字と、残る課題
最新の2022年調査は約1万1,000人の国民を対象に行われ、結果は2023年5月に公表されました。GNH指数は0.781で、2010年の0.743、2015年の0.756から少しずつ上がっています。
内訳は、「深く幸せ」が9.5%、「広く幸せ」が38.6%でした。この2つを足した48.1%が幸せな人で、2010年の40.9%から増えています。一方で、「かろうじて幸せ」が45.5%、「幸せでない」が6.4%いました。OPHIによると、満たしていた指標の割合の平均は「深く幸せ」の人で80.9%、「幸せでない」人で45.2%です。同じ国の中でも、暮らしの満ち足り方には大きな幅があります。
オックスフォード大学の解説によると、伸びを支えたのは、住宅・収入・就学・公共サービス・識字率の改善です。新型コロナの流行中にもかかわらず、前向きな感情も増えていました。反対に下がった項目もあります。健康に過ごせた日数・文化や政治への参加・心の健康、そしてブータンの礼儀作法や服装の決まり「ドリグラム・ナムジャ」です。
よく聞く「ブータンは世界一幸せな国」という説明には、裏づけがありません。国連の関連機関がまとめる世界幸福度報告は、今の生活を0から10で自分に採点してもらう方式です。点数の違いは、所得・自由・信頼・健康寿命・社会的な支え・寛大さの6つの要因で説明されます。2019年版で、ブータンは156か国中95位、点数は5.082でした。測っているものが違うので、GNHの数字と順位を並べても、比べたことにはなりません。
9つの分野が実際にどんな暮らしを指すのかは、ブータンの地理や文化を知ると、ぐっと分かりやすくなります。ヒマラヤの山あいの国の暮らしを写真や地図で見たいなら、世界の国を扱う図鑑が役に立ちます。
いま残っているもの
国王の一言から約50年。国民総幸福は、憲法の条文と33の指標、そして国連の記念日として残っています。数字は2010年の0.743から2022年の0.781へと上がりましたが、心の健康や文化への参加のように、下がった項目も隠さず公表されています。
何をもって豊かとするか。ブータンの答えは、暮らしを9つの分野に分け、足りているかを一つずつ確かめることでした。自分の暮らしをこの9つで見直してみると、お金以外に何が足りていて、何が足りないかが見えてきます。
参考にした資料
- OPHI(オックスフォード大学) — Gross National Happiness
- Oxford Department of International Development — Bhutan Gross National Happiness index shows increase since 2015 despite pandemic
- Centre for Bhutan & GNH Studies — Gross National Happiness
- Constitute Project — Bhutan's Constitution of 2008(第5条・第9条)
- Wikipedia — Jigme Singye Wangchuck(即位・退位・憲法起草)
- United Nations — International Day of Happiness
- Daily Bhutan — Why Is Bhutan Ranked 95th In The World Happiness Report 2019?