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1年は365日ではない。うるう年が生まれた理由とは

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
1年は365日ではない。うるう年が生まれた理由とは

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1年は365日ではありません。季節が一巡する長さは約365.24219日で、毎年6時間近い端数が出ます。うるう年は、この端数を4年分ためて、2月29日として足す仕組みです。

ただし、ルールは「4年に1度」だけでは終わりません。100年と400年の例外まで入れて、ようやく季節とのずれが3000年あまりで1日ほどに収まります。この記事では、うるう年について浮かびやすい疑問を順に取り上げます。

1年は、本当は何日なの?

国立天文台によると、地球が太陽のまわりを1周して、季節が一巡するまでの長さは約365.24219日です。この長さを回帰年といいます。時間に直すと365日5時間48分45秒ほどで、カレンダーの365日より毎年6時間近く長くなります。

端数は1年ならわずかでも、放っておくと積み重なります。4年で約1日、100年で24日あまり。何も足さずに暦を回し続けると、100年後の春分は3月20日ごろではなく、4月中旬にずれ込みます。暦の日付と、実際の季節が離れていくわけです。

似た名前の「うるう秒」は、別の仕組みです。原子時計で刻む時刻と、地球の自転で決まる時刻のずれを直すために、1秒を足します。情報通信研究機構(NICT)の一覧では、1972年から2017年1月1日までに27回入りました。最後の1回は、日本時間の8時59分59秒の次に「8時59分60秒」を挟んでいます。うるう秒が入った年を、うるう年とは呼びません。

4年に1度のうるう年では、なぜ足りないの?

正確には、4年に1度では足しすぎになるからです。

4年に1度うるう年を置く決まりは、古代ローマのユリウス暦に始まります。紀元前46年、ユリウス・カエサルは天文学者ソシゲネスの助けを借りて暦を改め、翌年の1月1日から使い始めました。切り替えの調整のために、紀元前46年は445日もある1年になっています。

ユリウス暦は1年を365.25日、つまり端数をちょうど6時間とみなしました。6時間が4回で24時間になるので、4年に1度、1日を足せば帳尻が合うという考え方です。

ところが本当の端数は、5時間49分弱です。ユリウス暦は、毎年11分ほど長く見積もっていたことになります。1年あたり約0.0078日の足しすぎは、約128年で1日分にたまります。

出だしもつまずきました。カエサルの死後、暦を管理する神官たちは、うるう年を3年ごとに入れてしまいます。36年間で、9回のはずのうるう日が12回入りました。アウグストゥスが12年間うるう日を入れないよう命じて、ようやく元に戻しています。

1582年に、10日間が消えたのはなぜ?

暦と季節のずれが、10日分にまでたまっていたからです。

キリスト教会は、復活祭の日を春分をもとに決めます。325年のニカイア公会議のころ、春分は3月21日ごろでした。ところがユリウス暦の足しすぎが積み重なり、16世紀には実際の春分が3月10日か11日に来るようになっていました。

そこでローマ教皇グレゴリウス13世は、1582年2月24日付の教書で暦を改めます。まず、たまった10日を消しました。1582年10月4日(木曜日)の翌日を、10月15日(金曜日)としたのです。曜日は続けたまま、日付だけを10日進めています。原案を出したのはアロイシウス・リリウス、仕上げたのは数学者クリストファー・クラヴィウスです。

新しい暦を採り入れた時期は、国によってばらばらでした。遅く切り替えた国ほど、暦のずれは大きく、消す日数も増えています。

主な国のグレゴリオ暦への切り替え(国立天文台暦計算室・国立国会図書館の資料などをもとに作成)
国切り替えた年切り替え方
イタリア・スペインなど1582年10月4日の翌日を10月15日に(10日を消す)
イギリスとその植民地1752年9月2日の翌日を9月14日に(11日を消す)
日本1873年明治5年12月3日を明治6年1月1日に(太陰太陽暦から切り替え)
ロシア1918年2月1日を2月14日に(13日を消す)

イギリスが消したのは11日、ロシアは13日です。1700年・1800年・1900年は、ユリウス暦ではうるう年でも、グレゴリオ暦では平年です。100年ごとに1日ずつ、差が開いていきました。

1900年が平年で、2000年がうるう年なのはなぜ?

グレゴリオ暦は、うるう年の決まりに2つの例外を加えたからです。

1900年は100で割り切れ、400では割り切れないので平年です。2000年は400で割り切れるので、うるう年になりました。次に「100で割り切れる平年」が来るのは2100年です。

この例外で、400年間のうるう年は100回から97回に減ります。1年の平均は365.2425日となり、回帰年との差は1年あたり約0.00031日、27秒ほどに縮まりました。国立天文台は、このずれが1日分になるには数千年かかると説明しています。単純に割り算すると、3200年ほどです。

400年という区切りには、もう1つ利点があります。400年間の日数は14万6097日で、7で割るとちょうど2万871週です。グレゴリオ暦のカレンダーは、400年ごとに日付と曜日の並びまで元に戻ります。

うるう日は、なぜ2月にあるの?

古代ローマの暦では、2月が1年の終わりだったからです。ローマの暦はもともと3月に始まり、調整の日は年末にあたる2月に入れていました。

ただし、もとの閏日は2月29日ではありません。ユリウス暦では、2月24日のあたりに置かれていました。ローマ人は日付を「3月1日の何日前」と数えたので、「3月1日の6日前」を2回数える形で1日を足したのです。うるう年を指す英語の古い言葉「バイセクスタイル(bissextile)」は、この「2回目の6日前」を表すラテン語から来ています。

この名残で、ヨーロッパの古い習わしが残る地域では、今も2月24日を閏日とみなすことがあります。

日本では、いつからこのルールなの?

1873年(明治6年)1月1日からです。それまでの日本は、月の満ち欠けをもとにした太陰太陽暦を使っていました。太陰太陽暦の1年は、太陽の1年より11日ほど短くなります。国立天文台によると、このずれは約3年に1回、より正確には19年に7回の閏月で埋めていました。閏月のある年は、1年が13か月になります。

明治政府は明治5年11月に改暦を発表し、明治5年12月3日を明治6年1月1日としました。国立国会図書館の解説によると、準備期間はほとんどなく、新しい暦は年末までに行き渡りませんでした。明治5年の12月は、わずか2日で終わったことになります。

うるう年の決め方は、今も明治31年(1898年)の勅令第90号「閏年ニ関スル件」が根拠です。この勅令は西暦ではなく、神武天皇即位紀元(皇紀)の年数で判定すると定めています。皇紀は西暦に660を足した数なので、判定の結果はグレゴリオ暦とまったく同じになります。

2月29日生まれの人は、いつ年をとるの?

平年でもうるう年でも、毎年2月28日が終わる瞬間に1つ年をとります。

日本の年齢の数え方は、1902年(明治35年)の「年齢計算ニ関スル法律」で決まっています。年齢は生まれた日から数え、1年の終わりは民法第143条の期間の数え方に従います。この数え方では、1年は誕生日の前日で終わります。

2月29日生まれの人の場合、平年には2月29日がありません。国立天文台の暦Wikiは、この場合の1年は2月28日で終わると説明しています。うるう年なら前日がそのまま2月28日なので、結局、毎年同じ日に年をとることになります。

うるう年の根っこにあるのは、地球が太陽のまわりを回る動きです。公転の道筋や季節が生まれる仕組みは、文章より写真と図で見るほうが早く頭に入ります。太陽系の動きを1冊で見渡したいなら、宇宙の図鑑が役に立ちます。

まとめ

1年は約365.24219日で、365日より6時間近く長い長さです。うるう年はこの端数を4年に1度の2月29日で埋め、100年と400年の例外で足しすぎを削っています。400年に97回というのが、今の暦の答えです。

次の2月29日は2028年に来ます。その先で、4で割り切れるのに2月29日が来ない最初の年は2100年です。スマートフォンのカレンダーを2100年2月まで送ってみてください。28日で終わっているはずです。

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