ウナギはどこで産卵するのか、2000キロの旅の謎
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ニホンウナギは、東京から2,000キロ以上南の太平洋、マリアナ諸島の西にある西マリアナ海嶺の南端で卵を産みます。2009年5月、東京大学などの調査船が、世界で初めて天然のウナギの卵31個をこの海で採りました。
答えにたどり着くまで、日本の本格的な調査だけで36年かかっています。この記事では、その道のりとウナギの一生を、数字を手掛かりにたどります。
仔魚の大きさで追いかけた36年
古代ギリシャのアリストテレスは『動物誌』に、ウナギは泥の中から自然に生まれると書きました。卵を持った親も、生まれたての子も、だれも見つけられなかったからです。江戸時代の日本にも「山芋変じてうなぎと化す」という言い回しがありました。
手掛かりになったのは、レプトセファルスと呼ばれる仔魚です。柳の葉のように平たく透明で、海流に流されながら育ちます。流れを遡るほど、採れる仔魚は小さくなるはずです。小さいほど、生まれた場所は近い。調査は「より小さな仔魚」を探す旅になりました。
| 年 | 海域 | 仔魚の全長 |
|---|---|---|
| 1973年 | 台湾の東 | 約50ミリ |
| 1986年 | フィリピン・ルソン島の東 | 30〜40ミリ |
| 1988・1990年 | さらに東の海 | 20〜30ミリ |
| 1991年 | マリアナ諸島の西 | 約10ミリ(約1,000尾) |
| 2005年 | 西マリアナ海嶺のスルガ海山の西 | 約5ミリ(孵化2日目) |
| 2009年 | 西マリアナ海嶺の南端 | 卵31個 |
1973年の最初の航海は、東京大学海洋研究所(当時)の研究船・白鳳丸によるものです。のちにウナギ研究を率いる塚本勝巳さんも、大学院生としてこの航海に加わっていました。1991年に約1,000尾の小さな仔魚が採れたことで、産卵場はマリアナ諸島の西とほぼ決まります。そこから卵そのものに届くまで、さらに18年かかりました。
卵31個、直径1.6ミリ
2009年5月22日の未明、白鳳丸は西マリアナ海嶺の南端で、ニホンウナギの受精卵31個を採りました。新月の2日前のことです。卵の直径は平均1.6ミリ。受精から約30時間たったもので、新月の3日前の夜に産まれたと推定されています。
卵を探す難しさも、数字で分かります。東京大学によると、10万匹の親が一斉に産んでも、卵が広がるのはせいぜい1,000立方メートルです。しかも1日半ほどで孵化してしまいます。広い太平洋で、数日しか存在しない小さな点を探す作業でした。
決め手になったのは、塚本さんたちが立てた3つの仮説です。
- 新月仮説:産卵は新月の2〜4日前に、そろって起きる
- 海山仮説:水深4,000メートルの海底から富士山級の山が連なる、海山の列で産む
- フロント仮説:塩分の高い海水と低い海水の境目(塩分フロント)を目印にする
卵が採れたのは、塩分フロントと海山の列が交わる点でした。卵の見つかった範囲は、10キロ四方に収まっていました。新月との関係は、仔魚の耳石という小さな骨で確かめています。耳石には1日に1本ずつ輪が刻まれるので、数えると孵化した日が分かります。2011年6月の航海では、網を数回下ろしただけで147個の卵が採れました。
海の深さ4,000メートル、産むのは200メートル
ウナギは深海の底で卵を産む、と漠然と信じられてきました。2009年の調査は、この見方を改めます。卵が採れた海域の水深は平均3,000〜4,000メートル。ところが、孵化したばかりの仔魚は水深160メートルの層にだけ集まっていました。
研究チームは、産卵は水深200メートル前後で起き、海水より軽い卵がゆっくり浮かんだと考えています。160メートルは水温が急に変わる層の最上部で、植物プランクトンが最も多い150メートル層のすぐ下です。生まれた仔魚の餌に近い深さを選んでいる、という見方につながります。
産卵場には親ウナギもいました。2008年、水産庁の調査船・開洋丸が、産卵海域で成熟した親ウナギを捕まえます。ウナギの仲間の成熟した親を海で捕まえたのは、世界で初めてでした。2009年までに捕まったニホンウナギは12匹(雄6、雌6)です。全長は雄が447〜639ミリ、雌が555〜767ミリで、雌のほうが大きめでした。
雌の卵巣には、すでに産んだ跡が残っていました。1回の繁殖期に、2回以上産むということです。産卵場の親は餌をとらず、消化管が縮んだ個体もいました。
片道半年、川で十数年
生まれた仔魚の旅と、親になってからの帰り道を、段階ごとに並べます。
| 段階 | いる場所 | 期間・大きさの目安 |
|---|---|---|
| 卵 | 西マリアナ海嶺の水深200メートル前後 | 直径約1.6ミリ。1日半ほどで孵化 |
| レプトセファルス | 北赤道海流から黒潮へ | 約6か月で東アジアへ |
| シラスウナギ | 河口・沿岸 | 細長い円筒形になり、満ち潮に乗って川へ |
| 黄ウナギ | 川・湖・河口・沿岸 | 数年から十数年かけて育つ |
| 銀ウナギ | 海へ下り、産卵場へ | 雄は約40センチ、雌は約50センチ以上で成熟。約半年で産卵場へ |
仔魚は、自分で長い距離を泳げません。北赤道海流に乗って西へ運ばれ、途中で黒潮に乗り換えて北へ向かいます。川で育ったウナギは秋から冬に銀ウナギへ姿を変えて海へ下り、産卵を終えると一生を閉じます。
気になる数字もあります。2005年以降の記録を地図に並べると、近年の産卵地点は1990年代より200〜300キロ南へずれていました。南で産まれると仔魚の通り道も南にずれ、黒潮に乗って日本へ来るシラスウナギが減る、という計算結果も示されています。
環境省は2013年2月、ニホンウナギを絶滅危惧IB類に指定しました。成熟する年齢を4〜15年とみて、3世代(12〜45年)での減り方を72〜92%と見積もっています。私たちが食べるウナギの99.5%以上は、河口で採ったシラスウナギを池で育てた養殖ものです。2010年には水産総合研究センター(当時)が、卵から育てた親に再び卵を産ませる完全養殖に成功しました。それでも東京大学大気海洋研究所は2011年の資料で、産業の規模でシラスウナギを作る技術はまだ完成していないと書いています。
卵から川までの旅は、地図と絵で追うほうが頭に入ります。南の海から日本の川までの道のりは、ウナギの一生を描いた科学絵本でも親子一緒に追えます。
よくある疑問
- ウナギはなぜ、こんなに遠くまで卵を産みに行くのですか?
- まだ分かっていません。川で育ったウナギがどの道筋で産卵場に戻るのか、なぜ遠くまで行くのか。東京大学は、この2つを残された課題に挙げています。2009年には、別の種のオオウナギも同じ網で捕まり、2種が同じ場所で産んでいると分かりました。2種の違いを比べることが、回遊の理由を探る手掛かりになると期待されています。
- ほかのウナギの卵は見つかっていますか?
- 2009年の発見までは、1種もありませんでした。東京大学大気海洋研究所によると、ウナギの仲間は世界に19の種・亜種がいます。大西洋のヨーロッパウナギとアメリカウナギについては、20世紀の初めにデンマークのヨハネス・シュミットが仔魚を集め、サルガッソー海が産卵場だと突き止めました。それでも天然の卵を人が初めて目にしたのは、ニホンウナギでした。
まとめ
ニホンウナギは、東京から2,000キロ以上南の西マリアナ海嶺の南端で卵を産みます。時期は新月の数日前の夜、深さは水深200メートル前後です。直径1.6ミリの卵31個が見つかったのは2009年で、本格的な調査が始まってから36年目でした。
卵は1日半でかえり、仔魚は約6か月かけて東アジアの川にたどり着きます。次にウナギを食べるときは、その1匹が仔魚のころに流されてきた、2,000キロ余りの海を思い浮かべてみてください。
参考にした資料