科学

捨てた失敗作の中に、さびない鉄が残っていた?

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
捨てた失敗作の中に、さびない鉄が残っていた?

※この記事にはアフィリエイト広告(PR)を含みます。リンク先の楽天市場で購入されると、紹介料が入ることがあります。

ステンレスは「さびない鉄」ではなく、「さびにくい鉄」です。鉄に10.5%以上のクロムを混ぜると、表面に目に見えないほど薄い膜ができ、これがさびを防いでいます。

捨てた失敗作の山から見つかった、という逸話もよく語られますが、実際は銃身の材料を調べる途中で気づいたものでした。この記事では、膜の仕組みと台所でさびが出る場面、長持ちさせる手入れを順に紹介します。

ステンレスは「さびにくい鉄」

ステンレス協会は、ステンレスを「鉄を50%以上含み、クロムを10.5%以上含む、さびにくい合金」と説明しています。英語の stainless は「しみ・さびのない」という意味ですが、協会自身が、金や白金のように、まったくさびない金属ではないと書いています。

実用化したのは、イギリスの刃物の街シェフィールドの鉄鋼技術者ハリー・ブレアリーです。1913年、彼は銃身に使う材料を調べる中で、クロム12.8%・炭素0.24%の鋼を作りました。この鋼がしみやさびに強いことに気づき、食卓用のナイフに向くと考えます。

ところが地元の刃物職人たちは、刃が長持ちしないと言って、はじめは相手にしませんでした。刃物会社の支配人アーネスト・スチュアートがナイフに仕立て、「ステンレス」と呼んだといわれます。科学誌ノーチラスによると、クロムを混ぜた似た合金は、ブレアリーより前に少なくとも10人が作っていました。彼の名が残ったのは、売り込みをあきらめなかったからです。

さびにくさの正体は、厚さ100万分の3ミリの膜

ステンレスの表面では、クロムが空気中の酸素と結びつき、ごく薄い膜を作っています。不動態皮膜と呼ばれる膜で、ステンレス協会によると、厚さは100万分の3ミリほどです。この膜が、内側の鉄に酸素や水を届かせません。

本当の強みは、傷がついても膜が自然に張り直されることです。協会は、酸素があれば膜は壊れても再生すると説明しています。塗装やめっきのように、塗り直す必要はありません。

膜の強さは、混ぜる金属で変わります。日本産業規格(JIS)に登録されたステンレスは100種類を超えます。代表的な3つを並べてみます。

身近なステンレスの種類(ITmedia MONOist の解説・大阪市立科学館の資料などをもとに作成)
種類系統主な成分の例磁石
SUS304(いわゆる18-8)オーステナイト系クロム19%・ニッケル9%基本的につかない
SUS316オーステナイト系クロム17%・ニッケル12%・モリブデン2.5%基本的につかない
SUS430フェライト系クロム17%つく

SUS316は、モリブデンを加えて、点状に穴があく腐食に強くした種類です。鍋や食器に刻まれた「18-8」は、クロム18%・ニッケル8%を表す古くからの呼び名で、SUS304にあたります。

ステンレス協会が屋外で8年間さらした試験では、1平方センチあたりの重さの減り方は、SUS304で0.002〜0.10ミリグラムでした。同じ条件で、亜鉛めっき鋼板は39.0〜88.0ミリグラム減っています。どの場所でも、数百倍以上の差がついています。

よくある誤解:磁石につくのは安物?

「磁石につくステンレスは偽物」という話がありますが、これは誤解です。大阪市立科学館の学芸員は、ステンレスには磁石につくフェライト系・マルテンサイト系と、つかないオーステナイト系があると説明しています。磁石につくかどうかは、金属の中の原子の並び方で決まります。

上の表のSUS430は、磁石につくフェライト系です。それでもクロムを17%含む、立派なステンレスです。逆に磁石につかないSUS304でも、曲げたり削ったりした部分が磁石につくようになることがあります。磁石で分かるのは系統の違いで、さびにくさの良し悪しではありません。

もう1つの誤解は、「ステンレスだから手入れはいらない」というものです。膜は強くても、苦手なものがあります。次の節で、台所で起きやすい場面を見ていきます。

台所でさびが出る3つの場面

1つ目は、もらいさびです。濡れた空き缶やヘアピンを流しに置きっ放しにすると、茶色い跡が残ります。これはステンレスではなく、相手の鉄のさびが移ったものです。ステンレス協会は、早いうちなら市販の清掃剤でほぼ元通りになると説明しています。放っておくと、ステンレス自身のさびに進んでしまいます。

2つ目は、塩分です。海水や汗、調味料に含まれる塩化物イオンは、膜を点で破ります。英語版ウィキペディアは、点状の腐食(孔食)は塩化物イオンがあるところで最も起きやすいと説明しています。塩気の多い料理を鍋に入れたまま、何日も置かないようにします。

3つ目は、使ってはいけない洗剤です。象印マホービンは、ステンレスボトルに塩素系漂白剤を使うと、さびや穴あきの原因になるとしています。同社は、クエン酸で洗ったあとも、水筒の中にクエン酸水が残るとさびの原因になると注意しています。

手入れの基本は、こまめに中性洗剤で洗い、水気を拭いておくことです。汚れの種類ごとに、道具を使い分けます。

手入れに使える道具

シンクまわりと水筒、2つの場面で1点ずつ選びました。価格は2026年10月時点の楽天市場の表示です。

ステンレス用クリーナー:ダスキン ステンレスクリーナー(スプレーノズル付) 約1,393円。吹き付けて乾いた布で拭き上げる、200mLの弱アルカリ性クリーナーです。研磨剤が入っていないので、傷をつけずにツヤを出せます。
向いている人:シンク・調理台・水栓のくもりや指紋が気になる人。注意:ダスキンの表示では、食器・調理器具や大理石などの石材には使えません。鍋の内側の手入れには向きません。

水筒用の洗浄剤:アズマ 水筒の汚れ取りま専科(20包入×3袋) 約1,660円。過炭酸ナトリウムを使った酸素系の洗浄剤で、水500mlに1包(3g)を溶かしてつけ置きします。
向いている人:ステンレスボトルの茶しぶやにおいを、塩素系を使わずに落としたい人。注意:水筒を丸ごと水に沈めるのは避けます。フッ素加工に傷がある水筒や、電気ポットの水アカには使えません。使う前に、水筒の取扱説明書も確かめてください。

よくある疑問

ステンレスの水筒に、塩素系漂白剤を使ってもいいですか?
使わないでください。象印マホービンは、塩素系漂白剤はさびや穴あきの原因になるとして、ステンレスボトルには使わないよう案内しています。茶しぶには、酸素系漂白剤か専用の洗浄剤を使います。
ステンレスの鍋に茶色い点が出たら、もう使えませんか?
まずは、もらいさびを疑います。付着した鉄粉のさびなら、早めに清掃剤で落とせば、ほとんど元通りになります。ステンレス協会は建材の手入れの案内で、それでも落ちない赤さびには、紙やすりやステンレスブラシで先に落としてから薬剤を使う方法を挙げています。ただし表面に傷が残るので、磨き直しが必要になります。

まとめ

ステンレスがさびにくいのは、10.5%以上のクロムが作る、厚さ100万分の3ミリほどの膜のおかげです。膜は傷ついても張り直されますが、もらいさび・塩分・塩素系漂白剤には弱いところがあります。

今日の片付けでは、流しに置いた空き缶やヘアピンをどけて、水気を拭き取ってみてください。それだけで、茶色い跡の多くは防げます。1913年にブレアリーが作った鋼の子孫は、少しの手入れで何十年も使い続けられます。

← 記事一覧へ戻る