雑学

サグラダ・ファミリアはなぜ140年以上も未完成なのか

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
サグラダ・ファミリアはなぜ140年以上も未完成なのか

※この記事にはアフィリエイト広告(PR)を含みます。リンク先の楽天市場で購入されると、紹介料が入ることがあります。

サグラダ・ファミリアが140年以上も未完成なのは、寄付と入場料だけで建て続ける教会だからです。そこへ設計者の死、内戦による図面と模型の喪失が重なりました。

それでも2026年2月20日、中心にそびえる「イエス・キリストの塔」に十字架が据えられ、建物は最高点の172.5メートルに届きました。1882年の着工から144年目のことです。この記事では、未完成の理由を、人物と年を追いながら順にたどります。

1882年、書店主が始めた「償いの教会」

サグラダ・ファミリアを思い立ったのは、ガウディではありません。バルセロナの書店主ジュゼップ・マリア・ボカベーリャです。聖ヨセフを深く信仰していたボカベーリャは、1866年に「聖ヨセフ信心会」を作り、会報を出して寄付を募りました。

教会の公式資料によると、信心会は1881年12月31日、17万2000ペセタで1万2800平方メートルの土地を買います。場所は当時のサン・マルティ・ダ・プロバンサルスという町で、いまはバルセロナ市内です。

この教会は、最初から「贖罪教会」として計画されました。人々の罪の償いのために、信者の施しだけで建てる教会という意味です。国や市からの補助に頼らない。この決まりが、のちの140年あまりの工期を左右することになります。

1882年3月19日、聖ヨセフの日に礎石が置かれました。最初の設計者は教区の建築家フランシスコ・デ・パウラ・デル・ビリャールで、中世の大聖堂にならったネオゴシック様式の計画でした。ところが着工から1年ほどで、ボカベーリャと意見が合わずに退きます。

1883〜1926年、ガウディの43年

後を継いだのが、当時31歳の若い建築家アントニ・ガウディでした。1883年のことです。

ガウディは、ビリャールの計画を大きく作り替えていきます。最終的な構想では、12使徒・4人の福音書記者・聖母マリア・イエスを表す18本の塔が立ち、中心のイエスの塔がいちばん高くなります。1906年ごろからは全体像のスケッチを描き始め、亡くなる日まで手を入れ続けました。

教会の公式資料は、ガウディ自身が、この規模では生きているうちに完成しないと分かっていたと書いています。後の世代が引き継ぐことを前提にした設計でした。1891年には東側の「生誕のファサード」に取りかかり、1914年からはほかの仕事を断ってこの教会だけに打ち込みます。

1926年、ガウディは路面電車にはねられ、73歳で亡くなりました。そのとき完成していた塔は、1925年に仕上がった生誕のファサードの聖バルナバの塔、1本だけです。工事は弟子のドメネク・スグラニェスが引き継ぎました。

1936年、内戦で図面と模型が失われる

1936年、スペイン内戦のさなかに工房が荒らされました。公式の年表は、図面と写真が焼かれ、石膏の模型が壊されたと記しています。

ガウディは、平面の図面より立体の模型で形を練る建築家でした。設計の手がかりの多くが、ここで一度に失われたことになります。

1939年からは、フランセスク・ダ・パウラ・キンタナが現場を率いました。公式の年表によると、工事は工房から救い出された資料を使って続けられました。足りない部分は、出版物に残っていた図面や写真から設計を復元しています。工事が遅れた理由のうち、もっとも取り返しのつかない部分です。

1950年代〜2020年、寄付と入場料で進む工事

工事は少しずつ再開されました。1954年に西側の「受難のファサード」の基礎が築かれ、その鐘塔は1976年に完成します。1986年には彫刻家ジュゼップ・マリア・スビラクスが、受難のファサードの彫刻を任されました。

日本人とのかかわりも、この時期に始まります。彫刻家の外尾悦郎さんは1978年から、生誕のファサードの天使像などを手がけてきました。2005年には、生誕のファサードと地下聖堂がユネスコの世界遺産に登録されています。

2010年11月7日、教皇ベネディクト16世が聖堂を献堂し、「バシリカ」の称号を与えました。地下聖堂では1885年からミサが行われていましたが、聖堂の本体が礼拝の場になったのはこの日からです。

工事の資金は、今も寄付と入場料が中心です。AP通信は、毎年数百万人の観光客が払う入場料が、建設費の大部分を賄っていると伝えています。お金の集まり具合が、そのまま工事の速さになる仕組みです。

手続きの面でも、思わぬ穴が見つかりました。教会側は1885年に建築許可を申請していましたが、許可が出ないまま工事が続いていたことが、2016年に分かったのです。バルセロナ市が正式な許可を出したのは2019年6月で、教会側が支払った許可の費用は460万ユーロでした。2020年には新型コロナウイルスの流行で、3月から10月まで工事が止まっています。

2026年、イエスの塔が172.5メートルに

2016年からは、中心に立つ6本の塔の工事が本格的に進みました。2021年12月に聖母マリアの塔(138メートル)、2023年11月に4本の福音書記者の塔(135メートル)が完成します。

2025年10月、建設中のイエスの塔は、ドイツのウルム大聖堂(161.53メートル)を超えました。これで、サグラダ・ファミリアは世界でいちばん高い教会になりました。ウルム大聖堂も1377年に建て始め、完成までに500年以上かかった教会です。

2026年2月20日には、高さ17メートルの十字架のいちばん上の部材が、クレーンで塔の頂上に据えられました。イエスの塔は、計画どおりの172.5メートルに届いています。ガウディの没後100年にあたる6月10日には、教皇レオ14世が記念のミサを行い、塔を祝福しました。この夜、塔は初めて明かりをともしています。

サグラダ・ファミリアの年表(教会の公式資料・報道をもとに作成)
年できごと
1866年ボカベーリャが聖ヨセフ信心会を作る
1882年3月19日に礎石。設計はビリャール
1883年31歳のガウディが設計を引き継ぐ
1925年聖バルナバの塔が完成(ガウディが見た唯一の塔)
1926年ガウディが73歳で亡くなる
1936年内戦で図面と写真が焼かれ、模型が壊される
1976年受難のファサードの鐘塔が完成
2010年教皇ベネディクト16世が献堂
2019年バルセロナ市が建築許可を出す
2021年聖母マリアの塔が完成
2023年4本の福音書記者の塔が完成
2026年イエスの塔が172.5メートルに。6月10日に祝福

完成までに残っているもの

最高点に届いても、建物全体はまだ完成していません。AP通信は、完成までにはまだ何年もかかると伝えています。

18本の塔のうち、12使徒の塔は、生誕と受難の2つのファサードに4本ずつ立っています。残る4本は、3つ目の正面「栄光のファサード」に立つ予定です。この栄光のファサードこそ、いちばん大きな正面玄関にあたる部分で、これからの工事の中心になります。

ガウディが何を考えて、この形を選んだのか。塔の数や彫刻の1つひとつに込めた意味は、本のほうが詳しく追えます。とくに、現場で40年以上彫刻を続けてきた人の言葉は、写真だけでは伝わらない話にあふれています。

1882年の礎石から数えて144年。ボカベーリャが土地を買ったときから、この教会は、時間がかかっても施しで建てると決めていました。バルセロナを訪ねる予定があるなら、クレーンと足場の残る今の姿を写真に残しておいてください。その写真は、いずれ完成の日と見比べられる記録になります。

← 記事一覧へ戻る