科学

熱いお湯の方が早く凍る?ムペンバ効果の謎

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
熱いお湯の方が早く凍る?ムペンバ効果の謎

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「熱いお湯のほうが冷たい水より早く凍る」という話は、ムペンバ効果と呼ばれます。ただし、条件をそろえた実験では水で再現できておらず、2016年の研究は「熱い水が早く冷えることはない」と結論しています。

一方で、ごく小さな粒を使った実験では「熱いほうが速く冷える」例が見つかりました。この記事では、話の出どころと検証の歴史をたどり、家で条件をそろえて確かめる手順を紹介します。

中学生の気づきと、2300年前の記録

名前の由来は、タンザニアの中学生だったエラスト・ムペンバさんです。1963年、マガンバ中等学校の調理の授業でアイスクリームを作ったとき、彼は液を冷まさずに熱いまま冷凍庫へ入れました。同級生の液がまだシャーベット状なのに、彼の液はおよそ1時間半で固まったといいます。

教師には取り合ってもらえませんでした。のちに、ダルエスサラームの大学から物理学者のデニス・オズボーンさんが講演に訪れます。ムペンバさんはそこで「同じ量の35度と100度の水を冷やすと、なぜ100度のほうが先に凍るのか」と質問しました。オズボーンさんは大学に戻って実験を引き受けます。

二人は1969年、教育向けの学術誌『Physics Education』に「Cool?」という短い論文を出しました。100ミリリットルのビーカーに水を70ミリリットル入れ、家庭用の冷蔵庫で冷やすと、出発の温度によって凍るまでの時間が変わったという内容です。オズボーンさん自身は、実験は粗く、もっと厳密な研究が必要だと書いています。

似た話はもっと古くからあります。紀元前4世紀のアリストテレスは「水を早く冷やしたい人は、まず日に当てる」と書きました。17世紀のフランシス・ベーコンやデカルトも、同じような観察を書き残しています。

2016年の実験では、熱いほうが遅かった

大きな転機は2016年です。インペリアル・カレッジ・ロンドンのヘンリー・バリッジさんと、ケンブリッジ大学のポール・リンデンさんが、科学誌『Scientific Reports』に検証結果を発表しました。

実験では、400グラムの水を直径約9センチのガラスのビーカーに入れました。どの水も一度沸かして溶けている空気を減らし、そのうえで3つの温度にそろえています。ビーカーは厚さ5センチの発泡スチロールに載せ、マイナス18度の家庭用冷凍庫で冷やしました。水の中心に温度センサーを固定し、1秒ごとに記録しています。

水の中心が0度に届くまでの時間(Burridge & Linden 2016 をもとに作成)
最初の温度0度までの時間
21.8度6,397秒(約1時間47分)
57.3度9,504秒(約2時間38分)
84.7度10,812秒(約3時間0分)

結果は表のとおりで、熱い水ほど0度に届くのが遅れました。二人はほかの研究の数字も集め直し、ほとんどのデータで「最初の温度が高いほど冷えるのに時間がかかる」ことを確かめています。

1969年の論文には、90度の水が30分で凍り、20度の水は100分かかったというデータがあります。二人はこの差を説明できる誤差を見つけられませんでした。そのうえで、47年間だれも同じ規模で再現できていないので、再現されない限り誤りと見なすべきだと書いています。

なぜ確かめるのが難しいのか

「凍る」という出来事そのものが、温度だけでは決まらないからです。水を氷にするには、冷やすのとは別に大きな熱を奪う必要があります。2016年の論文によると、その量は80度の水を0度まで冷やすのとほぼ同じです。最初が80度でも20度でも、最後に待っている「凍らせる仕事」は同じ大きさなので、出発の温度の差は全体の中では小さくなります。

そこへ、結果を揺らす要因が重なります。

家で条件をそろえて確かめる手順

2016年の実験の工夫を、台所の道具でまねる方法です。熱湯を扱うので、やけどに気をつけ、子どもと試すときは大人が注ぐ係をしてください。

  1. 同じ形・同じ材質のプラスチックカップを2つ用意し、キッチンスケールで水を同じ重さだけ入れます。1969年の論文の量にならうなら70グラムです。
  2. 2つとも一度沸かした水を使います。溶けている空気の量がそろうので、比べたいのが温度の差だけになります。片方は室温まで冷まし、片方は熱いうちに使います。
  3. 温度計でそれぞれの最初の温度を測り、メモします。
  4. 冷凍庫の同じ段に、発泡スチロールの板やトレーを敷いて並べます。霜に直接触れさせないための工夫です。
  5. 10分ごとに温度計をカップの真ん中、同じ深さに差して温度を記録します。
  6. 「表面に氷が張った時刻」と「全部固まった時刻」を、分けて書き留めます。

結果が割れたら、カップを入れる位置を左右で入れ替えて、もう一度試します。冷凍庫の中は場所によって冷え方が違うため、位置の差を結果と取り違えないためです。お湯を入れると庫内の温度が上がるので、量は少なめにし、ほかの食品から離して置いてください。

水以外では、熱いほうが速く冷えた

「最初に熱いほうが速く冷える」という現象そのものは、別の形で見つかっています。2020年、カナダのサイモンフレーザー大学のアビナシュ・クマールさんとジョン・ベックホーファーさんが、科学誌『Nature』に実験を報告しました。

使ったのは水ではなく、水に浮かべた直径1.5マイクロメートルのガラスの粒です。レーザーで粒が動ける範囲に起伏をつけ、同じ条件で1,000回くり返して、たくさんの分子の集まりに見立てました。条件によっては、熱い状態から始めた粒のほうが速く冷えました。ある例では、熱いほうは約1000分の2秒で冷えたのに、ぬるいほうはその10倍かかっています。

理論を立てた研究者の1人であるオレン・ラズさんは、これが水で起きている効果と同じかどうかは分からないと述べています。研究の関心は「水が凍る順番」から、「熱いものが速く冷えるのはどんな条件か」という一般的な問いへ移りました。

家でできる実験は、ほかにも条件のそろえ方を学べる題材がたくさんあります。温度計の当て方や比べ方の基本まで写真で追うなら、実験の図鑑が手元にあると便利です。

よくある疑問

家でお湯のほうが先に凍ったら、ムペンバ効果が起きたということ?
そうとは限りません。冷たい水が過冷却で0度以下のまま液体で残り、お湯のほうが先に氷になり始めることがあります。カップを置いた位置や霜の影響も考えられます。位置を入れ替えて何度か試し、同じ結果が続くかを見てください。

まとめ

水については、条件をそろえると熱いお湯が先に凍るとは言えないのが今の結論です。2016年の実験では、84.7度の水は21.8度の水より1時間以上遅れて0度に届きました。一方で、ガラスの粒を使った2020年の実験では、熱いほうが速く冷える条件が見つかっています。

一人の中学生の質問は、半世紀を経て別の物理の問いを掘り当てました。冷凍庫で試すなら、まず2つのカップの水を同じ重さに揃えてみてください。

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