1マイルは、兵士が千歩あるいた距離だった
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1マイルのもとは、古代ローマの「ミッレ・パッスス」、つまり千歩です。ただしこの一歩は右足と左足を1回ずつ運んで数えるもので、足を地面につけた回数でいえば二千回になります。
その千歩は、16世紀イングランドの畑の単位に組み直され、1959年にはメートルで1609.344メートルと決め直されました。2000年あまりの道のりを、時代順にたどります。
ローマ兵の「千歩」
マイルという言葉は、ラテン語のmille passus(ミッレ・パッスス)から来ています。milleが千、passusが歩です。アメリカ国立標準技術研究所(NIST)は、1ローマ・マイルを「帝国の兵士が隊列を組んで歩く千歩」と説明しています。
ローマの長さの単位では、片足ぶんの一歩をgradus(グラドゥス)と呼び、2.5ローマフィートとしました。passusはその2倍の5ローマフィートです。右足を出し、左足を出して、また右足が前に出るまでがpassus 1つ。私たちの感覚では2歩ぶんにあたります。
1ローマフィートは、今の研究で約29.6センチとされています。5000ローマフィートの1マイルは、およそ1480メートルです。紀元前29年には、アウグストゥスの右腕だったアグリッパがローマフィートの長さをそろえたと伝えられます。
それでもNISTが指摘するように、人の歩幅をもとにした以上、距離は概算でした。単位をそろえることと、実際の道で正確に測ることは別の話だったのです。
道に立てた里程標
ローマ人はマイルを道に刻みました。最初の里程標(マイルストーン)が立ったのは、ローマから南へ延びるアッピア街道です。石の柱には距離だけでなく、在位中の皇帝の名前だけを刻んだものも多く見つかっています。道は、皇帝の力を見せる場でもありました。
紀元前20年、アウグストゥスはローマの広場(フォロ・ロマーノ)に「黄金の里程標」を建てます。金めっきした青銅で覆った柱と考えられていて、帝国の道のりはここを起点に測られたとされます。「すべての道はローマに通ず」という言葉を、この記念碑と結びつける歴史家もいました。柱そのものは失われ、土台とされる大理石の断片が残るだけです。
ローマのマイルは、さらに細かい単位とも組み合わされていました。1マイルは8スタディウムで、1スタディウムは625ローマフィート、約185メートルです。ガリア(今のフランス)ではレウガという単位も使われ、こちらは7500ローマフィート、つまり1.5マイルにあたりました。
イングランドの畑と1593年の法律
ローマが去ったあとのブリテン島では、マイルの長さが地域ごとにばらつきます。スコットランドやアイルランド、ウェールズにはそれぞれ独自のマイルがありました。アイルランドのマイルは2240ヤード(約2.05キロ)で、19世紀まで使われています。
ウェールズのマイルは、13世紀にエドワード1世がウェールズを征服したあと姿を消しました。スコットランドのマイルはしぶとく残り、1685年の議会の法律・1707年の合同条約・1824年の度量衡法と、3度にわたって廃止されています。1度の法律では消えないほど、暮らしに根づいていたわけです。
イングランドの長さを決めたのは、1593年、エリザベス1世の時代の法律です。条文は「1マイルは8ハロン、1ハロンは40ポール」と定めました。1ポール(ロッド)は16.5フィートなので、1マイルは5280フィート、1760ヤードになります。
ハロン(furlong)は古英語の「畝」と「長い」を合わせた言葉で、共同の耕地で畝1本を耕す長さを指しました。1エーカーは、長さ1ハロン・幅1チェーン(66フィート)の畑です。ハロンはローマのスタディウムと同じものとみなされ、どちらも「1マイルの8分の1」という位置づけでした。
ローマの千歩は、イングランドで畑の単位を8つ並べた長さに置き換わりました。ローマの1マイルより約130メートル長いのは、このためです。
議会がマイルのほうを延ばしたのには理由があります。ロッドを短くしてマイルに合わせると、土地の面積の数字が増えて、実質的な増税になるという事情があったとされます。土地と税の単位を守るために、距離の単位が動いたことになります。
1959年、メートルで決め直す
19世紀末から、アメリカのヤードはメートルをもとに「3600/3937メートル」と決められていました。イギリスなどの国もそれぞれの基準を持ち、国ごとにわずかな差がありました。
1959年7月1日、アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカの6か国が協定を結び、1ヤードを正確に0.9144メートルとしました。1マイルは1760ヤードなので、自動的に1609.344メートルちょうどに決まります。イギリスがこれを国内法に取り込んだのは、1964年1月1日に施行された1963年の度量衡法です。
ただしアメリカでは、測量用に古い定義の「測量フィート」が60年以上使われ続けました。差は1フィートで100万分の2ほどですが、1マイルに直すと約3.2ミリ、広い国土の地図では無視できない差になります。NISTなどは2023年1月1日にこの測量フィートを廃止し、ようやく1つの長さにそろいました。
海の1マイルは別の道をたどった
船や飛行機が使う海里(ノーティカルマイル)は、歩幅ではなく地球の大きさから生まれた単位です。2世紀の地理学者プトレマイオスは、地球上の角度1分ぶんの距離を1マイルとする考え方を示しました。これがのちの海里に受け継がれます。
アメリカ海洋大気庁(NOAA)によると、海里は緯度1分ぶんの長さで、陸の1マイルの約1.15倍です。海図は緯度と経度で描かれているため、船乗りには角度で測れるほうが便利でした。国際的な値は、1929年にモナコで開かれた国際水路会議で正確に1852メートルと決まりました。速さの単位ノットは、1時間に1海里進む速さです。
いま残っているマイル
道路の距離をマイルで示し続けているのは、主にアメリカとイギリスです。カナダは1977年に道路標識をキロメートルに切り替え、アイルランドも2005年に移行を終えました。カナダでも、鉄道や競馬にはマイルが残っています。イギリスの鉄道では、1845年の法律が線路沿いに4分の1マイルごとの標識を立てるよう定めました。ローマの里程標の考え方は、形を変えて線路の脇にも続いています。
競馬ではハロンも現役で、レースの距離をハロンで表す国は少なくありません。陸上競技では1954年5月、イギリスのロジャー・バニスターが1マイル走で初めて4分を切りました。1976年以降、世界陸連が世界記録を公認するヤード・ポンド法の種目は、1マイル走だけです。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 紀元前29年 | アグリッパがローマフィートをそろえる(1マイル=5000ローマフィート、約1480メートル) |
| 紀元前20年 | アウグストゥスがローマの広場に「黄金の里程標」を建てる |
| 2世紀 | プトレマイオスが角度1分を1マイルとする考え方を示す |
| 1593年 | イングランドの法律で1マイル=8ハロン=5280フィートに |
| 1929年 | 国際水路会議で1海里=1852メートルに |
| 1959年 | 6か国の協定で1マイル=1609.344メートルに |
| 1976年 | 1マイル走が陸上で唯一のヤード・ポンド法の公認種目に |
| 2023年 | アメリカが測量フィートを廃止 |
1マイルという長さには、ローマ兵の歩幅とイングランドの畑、そして20世紀のメートル法が積み重なっています。海外でマイルの道路標識を見かけたら、その数字がもともと二千回の足運びだったことを思い出してみてください。
参考にした資料
- NIST(アメリカ国立標準技術研究所) — From the Noggin to the Butt: Quirky Measurement Units Throughout Human History
- Encyclopedia.com — Mile, Nautical and Statute
- NOAA National Ocean Service — What is the difference between a nautical mile and a knot?
- Wikipedia — Mile
- Wikipedia — Ancient Roman units of measurement
- Wikipedia — Milliarium Aureum
- Wikipedia — Furlong
- Wikipedia — International yard and pound
- NIST(アメリカ国立標準技術研究所) — New Year's Eve 2023 Marked the Retirement of the U.S. Survey Foot
- Wikipedia — Mile run
- Wikipedia — Milestone