雨のにおいはなぜする?正体は土の中の微生物
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雨上がりの土っぽい香りの主役は、ジオスミンという物質です。土の中で暮らす放線菌という細菌が作っています。雨粒が地面に当たると、この香りが細かい水滴に乗って空気中へ打ち上げられます。
雨の水そのものに、匂いがあるわけではありません。匂いの材料は地面の側にあり、雨はそれを運ぶ役です。仕組みと、よくある誤解を順に見ていきます。
匂いの正体はジオスミン
ジオスミンを作るのは、ストレプトミセス属をはじめとする土の中の放線菌です。湖や川に住む一部の藍藻(シアノバクテリア)も作ります。1965年、アメリカの研究者ナンシー・ガーバーとユベール・ルシュバリエが放線菌からこの物質を取り出し、ギリシャ語の「土」と「匂い」を合わせてジオスミンと名づけました。化学式はC12H22Oで、炭素12個を骨組みにした小さな分子です。
人の鼻は、この物質にとても敏感です。1兆分の5から1兆分の400ほどという薄さでも気づくとされます。水に溶けた場合も、1リットルに0.00001ミリグラム前後あれば、匂いとして感じ取れます。
細菌が匂いを出す理由も、2020年に1つの答えが示されました。スウェーデンのルンド大学などの研究チームが、科学誌『ネイチャー・マイクロバイオロジー』に発表した研究です。ジオスミンの香りは、トビムシという小さな土の虫を引き寄せます。トビムシは放線菌を食べ、体の表面やふんに胞子をつけたまま歩き回り、菌を新しい場所へ運びます。匂いは、運び屋を呼ぶ合図だったわけです。
雨粒が香りを打ち上げる仕組み
土の中の匂いが、どうやって鼻まで届くのか。この問いに答えたのが、2015年のマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究です。カレン・ビュイさんらの研究チームは、12種類の人工の材料と16種類の土、合わせて28種類の表面で約600回の実験を行いました。土は、キャンパスの周りやチャールズ川の岸、近くの砂浜から集めました。落ちる雨粒を、高速度カメラで撮影しています。
- 雨粒が、細かい穴の多い地面に当たる
- 穴の中の空気が、雨粒の内側に小さな泡として閉じ込められる
- 泡が雨粒の表面まで上がって弾け、細かい水滴を空へ飛ばす
シャンパンのグラスで泡が上がって弾けるのと、よく似た動きです。研究チームによると、1粒の雨から数マイクロ秒のうちに数百個の水滴が飛び出します。この水滴が、地面の匂いの成分を運ぶと考えられています。研究チームは、同じ水滴が土の細菌まで運ぶ可能性も考え、続けて調べています。
晴れが続いたあとの雨で香りが強いのにも、理由があります。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の解説によると、乾いた時期には、匂いのもとになる油が岩や土の細かい穴にたまっていきます。そこへ水がしみ込むと、たまっていた成分が一度に放たれます。
ペトリコールという名前
雨の匂いには、ペトリコールという名前があります。名づけたのは、CSIROのイザベル・ジョイ・ベアとリチャード・トーマスです。1964年3月7日、科学誌『ネイチャー』に論文が載りました。
2人は、外の暖かく乾いた場所に置かれていた岩を水蒸気で蒸留し、黄色っぽい油を取り出しました。これが雨の匂いのもとの1つです。匂いは、ケイ酸を多く含む材料で特に強く出ました。2人は翌年、「ペトリコールと植物の成長」という続報も発表しています。ベアはその後もCSIROで研究を続け、2015年1月に88歳で退職しました。研究者としての歩みは70年を超えます。
名前は、ギリシャ語の「ペトラ(石)」と「イコル」を組み合わせた造語です。イコルは、ギリシャ神話で神々の血管を流れる液のこと。「石の血」という意味になります。
実は、この香りに目をつけたのは科学者が先ではありません。インドの香料職人は、白檀(サンダルウッド)の油にこの香りを移し、「マッティ・カ・アッタル(土の香水)」と呼んでいました。正体が分かる前から、人はこの匂いを好んで集めていたわけです。
雨の匂いのよくある誤解
雨の匂いには、少しずれた説明もよく見かけます。代表的な3つを、研究で分かっていることと並べます。
| よくある説明 | 分かっていること |
|---|---|
| 雨の水がにおう | 匂いの材料は地面の側にある。雨はそれを空気中へ運ぶ |
| 土砂降りほど強くにおう | 水滴が多く出るのは弱い雨から中くらいの雨 |
| ペトリコールはジオスミンのこと | ペトリコールは岩や土から出る油と、その香りの名前。ジオスミンは細菌が作る別の物質 |
2つ目の誤解は、MITの実験で分かったことです。激しい雨は雨粒が地面に当たる速さが大きすぎて、泡ができる時間がありません。そのため、空気中へ飛ぶ水滴はかえって少なくなります。土砂降りより小雨のほうが土の匂いを強く感じるのは、このためです。
3つ目は、言葉の使い方の問題です。ベアとトーマスが名づけたペトリコールは、もともと岩から取り出した油と、その香りを指していました。ジオスミンは翌年に別の研究者が名づけた、細菌が作る物質です。どちらも雨の匂いに関わりますが、同じものではありません。
身近にあるジオスミン
ジオスミンは、雨の日以外にも身近なところで出会います。
1つは野菜のビーツです。ビーツの土っぽい風味は、ビーツ自身が作るジオスミンによるものです。もう1つは川魚で、養殖のコイやナマズの泥くささも、この物質が原因になります。ジオスミンは、脂の多い皮や色の濃い身にたまりやすい物質です。ジオスミンは酸性の条件で分解されて、匂いのない物質に変わります。魚料理に酢を使うのは、このためとされています。
水道水にも、ジオスミンの基準があります。環境省が定める水道の水質基準では、ジオスミンと2-メチルイソボルネオールの基準値は、いずれも1リットルあたり0.00001ミリグラム以下です。2-メチルイソボルネオールも、放線菌などが作るカビのような匂いの物質です。北九州市上下水道局の説明によると、この基準は健康への影響ではなく、水に匂いが付くのを防ぐ観点から決められています。同局は、川や貯水池で生き物が増えすぎると、水道水にカビのような匂いが付くことがあるとも説明しています。
雨がどう降り、雲がどうできるかは、文章だけより図やイラストで追うほうが分かりやすい話です。空で起きる現象をまとめて知りたいなら、天気の図鑑が役に立ちます。
よくある疑問
- 雨が降る前から匂うのはなぜですか?
- CSIROの解説によると、雨の前には湿度が上がり、岩や土の細かい穴にわずかな水分が入り込みます。この水分だけでも、たまっていた油が放たれます。雨が降り始めると、その匂いが風に乗って広がります。
- アスファルトの上でも、雨の匂いはしますか?
- MITの研究は、雨粒が細かい穴の多い表面に当たったときに水滴が多く飛ぶと説明しています。土のように穴が多い地面のほうが、匂いが空気中へ出やすい仕組みです。匂いの材料になる細菌や油も、主に土や岩の側にあります。
まとめ
雨の匂いの主役は、土の放線菌が作るジオスミンです。人の鼻は、1兆分の5ほどの薄さでもこの香りに気づきます。雨粒が地面の空気を泡として閉じ込め、弾けた水滴が匂いを空へ運びます。匂いが強いのは、乾いた日が続いたあとの小雨です。
次に雨の匂いを感じたら、降り方に注目してみてください。ぱらぱらとした小雨のほうが、土砂降りよりも強く香るはずです。
参考にした資料
- CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構) — The smell of rain: how our scientists invented a new word
- MIT News — Rainfall can release aerosols, study finds
- ルンド大学 — Developmentally regulated volatiles geosmin and 2-methylisoborneol attract a soil arthropod to Streptomyces bacteria promoting spore dispersal(Nature Microbiology, 2020)
- Wikipedia — Geosmin(命名・感度・ビーツと魚・酸での分解)
- 環境省 — 水質基準項目と基準値
- 北九州市上下水道局 — 水質基準と検査項目の説明