トビウオは400メートルも空を飛ぶって知っていますか?
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トビウオが1回の滑空で進むのは、ふつう約50メートルです。よく語られる「400メートル」は、落ちかけるたびに尾びれで海面をけり、滑空を何度もつなぎ直した最長級の記録です。
トビウオは羽ばたきません。大きな胸びれを翼のように広げ、グライダーのように空を滑ります。この記事では、助走から着水までの仕組みとよくある誤解、食卓や漁での身近な姿を順に紹介します。
ふつうは50メートル、記録は45秒
ギネス世界記録によると、トビウオが一度に滑空する距離はおよそ50メートルです。400メートル進んだという報告もありますが、こちらは例外的な記録にあたります。
時間の記録は明確で、最長は45秒です。2008年5月、鹿児島県の口永良部島と屋久島を結ぶフェリーから、NHKの撮影クルーが撮りました。フェリーの速さと比べて、この魚は時速およそ30キロで進んでいたと見積もられています。
それまでの記録は、1920年代にアメリカの研究者が計った42秒でした。時速30キロで45秒進めば、計算上は約375メートル。400メートル級の飛行は、この長さの滑空をつなげたときに生まれます。
韓国の研究者による2010年の論文も、序文で、トビウオは約30秒で最大400メートルほど滑空できると紹介しています。
助走は水の中から始まる
トビウオは、いきなり飛び出すわけではありません。まず水中で尾びれを激しく振って速度を上げ、体を斜め上に向けます。海洋保全団体のリビング・オーシャンズ財団によると、このときの速さは時速60キロに達することがあります。
水面を破ったあとも、すぐには宙に浮きません。胸びれを広げたまま、尾びれの下半分だけを水につけて左右に振り続けます。水上をすべるように加速し、十分な速さが出たところで、ようやく体全体が空中へ出ます。
飛ぶ高さは海面から数メートルほどで、最大で6メートルほどとされています。空中での速さは時速70キロを超えることもあります。
翼になる胸びれと腹びれ
トビウオ科の魚は世界に60種以上います。胸びれだけが大きい種は、空中で翼が2枚に見えます。腹びれも大きい種は、翼が4枚あるように見えます。胴が平たく4枚の翼を持つ種類は、より長く空中にとどまれます。反対に、2枚翼のエクソコエトゥス属は胴が細長く、速さに向いた体つきです。
翼の性能を測ったのが、韓国・ソウル大学の研究チームです。韓国の東の海で獲ったホソトビウオを、獲ってから1日以内に、ひれを広げた滑空の姿勢で剥製にしました。40匹ほどの中から大きさのそろった5匹を選んでいます。この模型を風洞に入れ、秒速12メートルの風を当てて、体にはたらく空気の力を測りました。2010年に発表されたこの研究で、次の3つが分かりました。
- 揚力と抵抗の比(滑空のうまさの目安)は、タカやミズナギドリ類・アメリカオシといった鳥の翼と同じ水準。多くの飛ぶ昆虫を上回る
- 後ろの腹びれを広げると、胸びれとのあいだの空気がジェットのように加速し、揚力が増える
- 海面に近いほど空気の抵抗が減り、滑空の効率が上がる
揚力と抵抗の比がいちばん大きくなったのは、迎え角(風に対する体の傾き)が0度前後のときでした。体をほぼ水平に保って滑るのが、最も効率のよい姿勢ということです。一方で、ヨタカやハゲワシの翼には及ばない、とも書かれています。
3つ目は「地面効果」と呼ばれる現象です。翼の下の空気が海面に押さえられ、逃げ場を失うために起こります。トビウオが高く上がらず、波の上を低くなぞるように飛ぶのは、そのほうが遠くまで届くからです。
よくある誤解
トビウオについては、名前や「400メートル」という数字から生まれた思い込みがいくつかあります。代表的なものを、実際の姿と並べます。
| よくある誤解 | 実際 |
|---|---|
| 鳥のように羽ばたいて飛ぶ | 胸びれを広げたまま滑空する。力を出すのは水中と海面の尾びれ |
| 1回で400メートル飛ぶ | 1回はふつう約50メートル。400メートルは滑空をつなぎ直した記録 |
| 高く飛ぶほど遠くへ行ける | 海面すれすれのほうが抵抗が減り、効率よく滑れる |
| 着水したら、また水中から出直す | 体を沈めず、尾びれだけを水に入れて振り、その場で加速し直す |
4つ目の動きが、400メートルを生む鍵です。高度が下がってくると、トビウオは尾びれを海面に入れて押し、また空へ戻ります。このとき向きを変えることもできます。英語版の百科事典には、波の前側に生まれる上昇気流を使って、少なくとも400メートル進むとも書かれています。
食卓と漁で出会うトビウオ
トビウオは、空よりも食卓で出会うことが多い魚です。九州や日本海側では「アゴ」とも呼ばれます。干したものを焼いた「焼きアゴ」は、味噌汁やうどんのだしになります。長崎県の平戸は、あごだし発祥の地とされています。日本近海では、30種近いトビウオの仲間が知られています。
種類によって、市場での呼び名や使われ方も違います。いちばん大きいハマトビウオは味がよく、干物の「くさや」の材料にもなります。八丈島などで獲れたものが、春先の3〜4月ごろに関東の市場に出回ります。風洞実験に使われたホソトビウオは、頭と体つきが丸いことから「丸トビ」、西日本や日本海側では「丸アゴ」とも呼ばれます。
ギネス記録が撮られた屋久島は、トビウオの産地です。観光庁の多言語解説文によると、島の南東部にある安房は、トビウオの水揚げで日本有数の港のひとつです。トビウオは海面近くを泳ぐため、魚群探知機には映りません。漁師は、船が近づいたときに飛び出す魚の数から群れの大きさを読み、網を仕掛けます。旬は、産卵の時期と重なる春から夏です。
昔は、産卵のために夜の岸辺へ寄ってきた群れを、船と船のあいだに張った網で獲っていました。今は岸に近づくトビウオがほとんどおらず、漁師は外洋まで出ます。干したトビウオをすり身にして揚げた「つけ揚げ」は、屋久島の名物のひとつです。
空へ逃げるという性質が、そのまま漁の手がかりになっているわけです。胸びれの大きさや尾びれの形を、ほかの魚と並べて見比べるなら、写真の多い魚の図鑑が分かりやすい道具になります。
よくある疑問
- トビウオは、何から逃げるために飛ぶのですか?
- 水中の捕食者から逃げるためと考えられています。マグロやカジキ、イカ、イルカなどがトビウオを狙います。ただ、空も安全ではありません。海の上では、グンカンドリなどの鳥に狙われます。
- 寿司の「とびっこ」は、トビウオと関係がありますか?
- あります。とびっこは、トビウオの卵です。日本ではトビウオの身を干してだしに使うほか、卵も寿司ネタとして食べられています。カリブ海のバルバドスでは、トビウオ料理が国民食の一部になっています。
まとめ
トビウオは羽ばたかず、胸びれを翼にして滑空します。1回はふつう約50メートルで、記録は45秒です。400メートルは、尾びれで海面をけって滑空をつなぎ直した結果です。海面すれすれを飛ぶのも、地面効果で抵抗を減らすためでした。日本近海だけでも30種近い仲間がいて、食卓では「アゴ」の名でも親しまれています。
次にフェリーで海を渡る機会があったら、船首の先の海面を見てみてください。注目したいのは、飛び出す瞬間より、着水しかけた魚が尾で水をたたいて舞い戻る場面です。そこに、400メートルの仕組みが見えます。
参考にした資料
- Guinness World Records — Longest flight by a flyingfish (duration)
- Journal of Experimental Biology — Aerodynamic characteristics of flying fish in gliding flight
- Khaled bin Sultan Living Oceans Foundation — Fantastic Flying Fishes
- Wikipedia — Flying fish
- Wikipedia — トビウオ(地方名アゴ・あごだし・日本近海の種類)
- 観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース — 屋久島の漁業(トビウオ)
- GBIF — Cypselurus hiraii Abe, 1953(ホソトビウオ)