科学

鉄はなぜ磁石にくっつく?ミクロの秘密

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
鉄はなぜ磁石にくっつく?ミクロの秘密

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鉄が磁石にくっつくのは、鉄の中にある無数の小さな磁石が、近づいた磁石に向きをそろえるからです。向きがそろった瞬間、鉄そのものが一時的な磁石に変わり、引き合います。

この答えにたどり着くまで、人類は2500年以上かかりました。鉄を引く石の発見から電子のスピン、日本で生まれた世界最強の磁石まで、時代順にたどります。

古代:鉄を引く不思議な石

磁石の始まりは、天然の石です。英語のマグネットは、ギリシャ語で「マグネシアの石」を意味する言葉から来ています。鉄を引きつける天然の磁石、磁鉄鉱のことです。

アリストテレスは、紀元前6世紀ごろのタレスを、磁石について最初に論じた人物として伝えています。ただ、なぜ石が鉄を引くのかは、その後2000年以上も説明がつきませんでした。

使い方のほうは先に進みます。11世紀の中国では、学者の沈括が随筆集『夢渓筆談』で、磁化した針が南北を指すことと航海への使い道を書き残しました。理屈は分からなくても、方位を知る道具として役立っていたのです。

1600年:地球そのものが磁石だった

転機は1600年です。イギリスの医師ウィリアム・ギルバートが『磁石論』を出版し、地球そのものが大きな磁石だと結論づけました。方位磁針が北を指すのは、地球の磁気に引かれるからです。

ギルバートは、天然の磁石が「熱しすぎると力の一部を失う」ことも書き留めています。この観察は、300年近くあとに数字で確かめられることになります。

19世紀:電気と磁気、そして熱

1820年、デンマークのハンス・クリスティアン・エルステッドは、電流を流した電線のそばで方位磁針が動くことに気づきます。電流が磁気を生む。電気と磁気が、同じ根から出ていることを示した発見でした。

11年後の1831年には、イギリスのマイケル・ファラデーが逆の向きを見つけます。電線の輪を通る磁気が変わると、電線に電圧が生まれるのです。電流で磁石をつくる電磁石と、磁石で電気をつくる発電機。いまの電気の暮らしを支える2つの仕組みが、ここでそろいました。

熱との関係を突き止めたのは、キュリー夫人の夫として知られるピエール・キュリーです。1895年、強い磁石と精密なはかりを使い、ある温度を境に磁性が消えることを示しました。この温度をキュリー温度と呼びます。

鉄のキュリー温度は約770度で、真っ赤に熱した鉄は磁石に引かれません。ニッケルは約354度、コバルトは約1115度です。天然の磁石である磁鉄鉱は約585度で、ギルバートが見た「熱で弱る磁石」はこれでした。レアアースのガドリニウムは約20度と低く、それより暖かい部屋では、鉄のような強い磁性を失います。冷やせば、どれも磁石につく性質が元に戻ります。

1907〜1925年:磁区と電子のスピン

鉄の中で何が起きているのか。1907年、フランスの物理学者ピエール・ワイスが答えの骨組みを示しました。鉄の中には原子の磁石が同じ向きにそろった小さな区画があり、区画ごとに向きは不ぞろいだ、という考えです。この区画を磁区と呼びます。

ふだんの鉄のクリップは、磁区同士の向きが打ち消し合い、全体としては磁石になっていません。そこへ磁石を近づけると、磁区の境目が動きだします。外の磁石と同じ向きの磁区が広がり、逆向きの磁区は縮みます。ジョージア州立大学の解説によると、焼きなました鉄では、外から加えた磁界が5000倍ほどに強まることもあります。同じ解説では、鉄の磁区の大きさを0.1ミリから数ミリほどとしています。

ただ、ワイスの考えには大きな穴がありました。原子の磁石がなぜ自然にそろうのか、当時の物理学では説明できなかったのです。1910年代には、古典物理学の範囲では、物質の磁性をどんな形でも説明できないことが証明されてしまいます。答えには、新しい物理学が必要でした。

では、原子の磁石の正体は何か。1925年、オランダのライデン大学にいたサミュエル・ハウトスミットとジョージ・ウーレンベックが、電子に「スピン」という性質があると提案しました。電子の一つひとつが、ごく小さな磁石として働くのです。

多くの物質では、電子のスピンが2つずつ逆を向いて打ち消し合います。鉄・ニッケル・コバルトでは打ち消されずに残り、しかも隣同士がそろおうとします。新潟県立自然科学館によると、アルミや銅にも小さな磁石はあります。ただ、磁石を近づけても同じ向きに整列しないため、くっつきません。

磁石を離したあとも磁力が残るかどうかは、磁区の境目の動きやすさで決まります。境目が結晶の傷や混じり物に引っかかって動けなくなると、そろった向きがそのまま残ります。これが永久磁石です。反対に強く熱したり、たたいて揺さぶったりすると、境目が外れて磁力が弱まります。

「鉄はなぜ磁石につくか」が分かるまでの年表
年人物できごと
紀元前6世紀ごろタレス磁石を論じた最初の人物と伝えられる
11世紀沈括磁化した針が南北を指すことを記録
1600年ギルバート『磁石論』で、地球が大きな磁石だと結論
1820年エルステッド電流が方位磁針を動かすことを発見
1831年ファラデー磁気の変化が電流を生むことを発見
1895年ピエール・キュリー一定の温度で磁性が消えることを示す
1907年ピエール・ワイス磁区の考えを示す
1917年本多光太郎KS鋼を開発
1925年ハウトスミット、ウーレンベック電子のスピンを提案
1931年三島徳七MK鋼を発明
1982年佐川眞人ネオジム磁石を完成

1917〜1982年:日本で生まれた強い磁石

仕組みの解明と並んで、強い磁石づくりも進みました。ここで目立つのが日本の研究者です。

物質・材料研究機構(NIMS)の広報誌は、世界で初めての人工磁石を、1917年に東北大学の本多光太郎が開発した「KS鋼」としています。1931年には三島徳七がMK鋼を発明しました。百科事典によると、鉄にニッケルとアルミニウムを加えた合金で、磁力を保つ強さはKS鋼の約2倍でした。名前は、三島の頭文字と生家の喜住家の頭文字から取っています。

そして1982年7月、住友特殊金属にいた佐川眞人が、ネオジム・鉄・ボロンの磁石を完成させます。佐川によると、アメリカのゼネラルモーターズの研究所もよく似た研究を進めており、特許の出願は佐川が13日早かっただけでした。ネオジム磁石は今も世界最強の永久磁石として、ハイブリッド車のモーターやパソコンのハードディスクに使われています。

課題も残っています。高温でも磁力を保つために加えるジスプロシウムは、地球上の量がネオジムの10%ほどしかなく、その90%以上が中国で採れます。NIMSなどでは、ジスプロシウムを使わずに強さを保つ磁石の研究が進められています。

古代の人々が磁石の力をどう説明しようとしたのか。その2000年分の試行錯誤は、短い記事では追いきれません。考え方の移り変わりを順に読みたいなら、磁力の歴史を正面から扱った本が向いています。

台所で確かめる、くっつく・くっつかない

2500年の歴史の答えは、いまの台所でも確かめられます。冷蔵庫の磁石を外して、身近な金属に当ててみてください。

鉄のフライパンや缶詰の缶にはつき、アルミのボウルや銅の電線にはつきません。流し台に多いオーステナイト系のステンレスは、鉄が主成分なのに原子の並び方が違うため、磁石につきにくい材料です。ステンレス製品は種類によって、磁石につく物とつかない物に分かれます。

くっついたクリップを外すと、そのクリップはほかのクリップをほとんど引きつけなくなります。磁区の向きが元のばらばらに戻るからです。整列が元に戻りにくい鋼だけが、永久磁石になります。クリップがくっつく一瞬、鉄の中では、ワイスが考えた磁区がいっせいに向きを変えています。

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