雑学

泥を肌に塗って遊ぶ、韓国ポリョンの夏のお祭り

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
泥を肌に塗って遊ぶ、韓国ポリョンの夏のお祭り

※この記事にはアフィリエイト広告(PR)を含みます。リンク先の楽天市場で購入されると、紹介料が入ることがあります。

韓国・保寧(ポリョン)市の泥祭りは、1998年に、地元の泥で作った化粧品を知ってもらう宣伝として始まりました。祈りや言い伝えから生まれた祭りではなく、町が考えた観光の催しです。

そこが、スペインのトマト祭りや、日本で泥を塗る祭りとの大きな違いです。この記事では、保寧の泥祭りを海外と日本の「ぶつけ合う祭り」と並べて、似ている点と違う点を比べます。

保寧の泥祭りのいま

会場は、忠清南道保寧市の大川(テチョン)海水浴場と、その隣の保寧マッドエキスポ広場です。ソウルからは南へ約200キロ。2026年の会期は7月24日から8月9日までの17日間でした。

使う泥は、近くの干潟から採ってトラックで会場へ運び込みます。会場は3つに分かれています。本格的に泥で遊ぶ一般ゾーン、小さな子ども向けのファミリーゾーン、水遊びが中心のウォーターパークゾーンです。泥のすべり台、泥風呂、色を付けた泥で体に絵を描くボディペインティングが定番です。昼はDJの音楽に合わせて泥水の放水を浴びる公演があり、夜は海上のドローンショーや野外公演が続きます。

訪れる人の数は、年によってかなり変わります。

2019年と2024年は、どちらも韓国の報道が伝えた数字です。外国人の数え方が同じかどうかは記事から分からないため、増減の理由まではここでは言えません。

来場者の全員が、お金を払って泥に入るわけではありません。2019年の有料の体験ゾーンの入場は3万1373人分で、入場料の収入は約3億8000万ウォンでした。来場者数と比べると2%足らずです。訪れた人の大半は、海水浴や無料の公演、泥まみれの人たちの見物を楽しんでいたと見られます。

化粧品の宣伝から始まった

1990年代の初め、大川海水浴場は「水が濁っている」「値段が高い」と評判がよくありませんでした。地元の炭鉱も閉山し、町の経済は苦しい時期にありました。

流れを変えたのは、評判を落としていた干潟の泥そのものです。1994年、当時の大川市長だったパク・サンドン氏は、映画で泥風呂を楽しむ場面を見ました。そこで、泥を町の売り物にできないかと考えます。ちょうど円光大学の薬学の教授、キム・ジェベク氏が、韓国の海辺の泥を調べた研究をまとめていました。保寧の泥はベントナイトやゲルマニウムを多く含み、肌によいとされる成分だという内容です。

1994年7月には、海水浴場に泥の体験施設が開きます。1996年から1997年にかけて、泥を使った化粧品が8種類作られました。ところが知名度がなく、売れ行きは伸びません。

1998年、大学教授のチョン・ガンファン氏が、宣伝の代わりに泥そのものを体験してもらう祭りを提案しました。第1回の保寧泥祭りは、同じ年の7月16日から4日間、大川海水浴場で開かれています。人出は予想を上回り、祭りは毎年の行事になりました。チョン氏は2002年、この功績で保寧市の名誉市民に選ばれています。

スペインのトマト祭りと比べる

「物をぶつけ合う夏祭り」として、保寧とよく並べられるのがスペインのトマト祭り(ラ・トマティーナ)です。保寧の祭りの公式の年表には、2012年に欧州議会でトマト祭りと一緒に広報の展示をしたと書かれています。

保寧の泥祭りとスペインのトマト祭り(各公式情報・報道をもとに作成)
保寧の泥祭り(韓国)トマト祭り(スペイン)
始まり1998年。泥化粧品の宣伝として町が企画1945年といわれる。パレード中のけんかで、近くの店のトマトを投げ合った
町の大きさ海辺の観光地人口約9,000人のブニョール
時期と長さ7〜8月に約2週間(2026年は17日間)8月の最終水曜日、投げ合うのは約1時間
ぶつける物干潟から運んだ泥熟しすぎたトマト(2025年は120トン超)
人数年に約165万〜220万人2013年から入場券制で上限2万人。2025年は約2万2000人

トマト祭りは、宣伝ではなく偶然のけんかから生まれました。1950年代の初めにはフランコ政権に禁止され、1957年には住民がトマトを入れた棺を担いで「葬式」を行う抗議をしています。その後に正式な祭りとして認められ、2002年には国際観光祭りに指定されました。

決まりの細かさも違います。ブニョールの町はトマトを「つぶしてから投げる」「トマト以外は投げない」などの注意を出しています。開始の合図は、油を塗った柱の上のハムを誰かが落とすことです。保寧は投げ合いよりも、すべり台や泥風呂で泥に浸かる遊びが中心です。

日本の泥の祭りと比べる

日本にも、泥を人に塗ったり投げたりする祭りがあります。ただし、目的は観光ではなく、豊作や無病息災を願う神事です。

保寧の泥祭りと日本の泥の祭り(各観光協会などの情報をもとに作成)
保寧の泥祭りどろんこ祭り(高知市・若宮八幡宮)泥打祭り(福岡県朝倉市・阿蘇神社)
時期夏(7〜8月)4月の第1土曜から数日3月の第4日曜
泥を受ける人参加者どうし見物の男性(田植えを終えた浴衣の女性が顔に塗る)くじで選ばれた代宮司
願い・意味化粧品と観光の宣伝豊作と健康。塗られた男性は夏負けしないと言われる泥が多く付くほどその年は豊作
歴史1998年から400年以上といわれる福岡県の無形民俗文化財

高知のどろんこ祭りの起こりは、はっきりしていません。高知県の観光案内は、土佐藩2代藩主の山内忠義が田植え中の女性に泥をはねられ、それを咎めなかった話を説の1つとして紹介しています。

朝倉の泥打祭りでは、白い衣に着替えた代宮司が、約500メートル先の道祖神まで歩くあいだに泥を投げられます。白い衣が泥で汚れるほど、その年はよく実る、という占いです。ただ、旅行案内の「るるぶ」には、2020年以降は神事だけで泥打ちはしていないと書かれています。見に行くなら、事前に地元へ確かめる必要があります。

比べて見える保寧らしさ

3つの国の祭りを並べると、保寧の泥祭りの特徴は2つに絞れます。

1つ目は、泥が「主役の商品」であることです。日本の泥の祭りでは、泥は田んぼの土で、願いを形にする道具です。トマト祭りのトマトも、投げるための消耗品にすぎません。保寧では、泥そのものが化粧品の原料で、町の名物でもあります。会場で化粧品が売られるのも、宣伝として始まった名残です。

2つ目は、規模と長さです。トマト祭りの投げ合いは1日のうち約1時間で、日本の泥の祭りも1日から数日です。保寧は2週間を超え、2022年には「保寧海洋マッド博覧会」と合わせて1か月に延ばした年もありました。2009年には中国・大連の海水浴場に泥と祭りの企画を提供し、韓国で初めて海外へ出た祭りの企画になったと、公式の年表に書かれています。

泥の成分や干潟のでき方、世界各地の祭りの写真は、文章だけより図や写真で追うほうが分かりやすい話です。国ごとの暮らしや行事を見比べたいなら、世界の国を1冊にまとめた図鑑が役に立ちます。

泥が町の看板になるまで

保寧の泥祭りは、売れなかった化粧品をどう知ってもらうか、という悩みから生まれました。1998年の第1回は4日間。それが30年近くかけて、年に160万人を超える人が集まる2週間あまりの行事に育っています。

トマト祭りは偶然のけんかから、日本の泥の祭りは田んぼの祈りから生まれました。同じ「泥まみれ」「トマトまみれ」でも、始まりをたどると、祭りの目的が見えてきます。夏に韓国を訪ねるなら、泥を浴びる前に、会場で売られている泥化粧品の棚ものぞいてみてください。そこに祭りの出発点があります。

← 記事一覧へ戻る