実験の邪魔者だった材料が、瞬間接着剤の正体だった
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瞬間接着剤の正体は、シアノアクリレートという材料です。1942年、アメリカの化学者ハリー・クーバーが戦闘機の照準器の材料を探していたとき、「何にでもくっ付いて使えない」と脇へ置かれました。
その厄介な性質が商品になったのは、16年後の1958年です。固まる引き金は、空気や物の表面にあるわずかな水分。この記事では発明の経緯をたどったうえで、その仕組みを家で確かめる方法を紹介します。
照準器づくりで生まれた厄介者
1942年、イーストマン・コダックの研究者だったクーバーは、戦闘機の照準器に使う透明なプラスチックを探していました。プラスチックならガラスより軽く、量産もしやすいからです。
試した候補の1つが、シアノアクリレートの仲間でした。ところがこの材料は、触れたものに何でもくっ付きます。クーバーはのちに、米誌ポピュラー・サイエンスの取材に「ひどく厄介だった」と振り返っています。照準器には向かないと判断され、戦争中の照準器はガラスで何万個も作られました。
高価な屈折計がくっついた日
転機は9年後の1951年です。クーバーはテネシー州キングスポートにあるコダックの化学工場に移り、ジェット機のキャノピー(操縦席をおおう風防)用に、熱に強い樹脂を研究するチームを率いていました。
チームの化学者フレッド・ジョイナーが、シアノアクリレートの純度を確かめようと、屈折率を測る装置にはさみます。測定が終わると、2枚のプリズムが離れません。高価な屈折計は、そのまま使えなくなりました。
報告を受けたクーバーは、これを失敗とは見ませんでした。熱も圧力もかけずに、常温ですぐ接着する材料は、当時ほかになかったからです。2人は1954年に特許を出願し、1958年、コダックは工業用接着剤「イーストマン910」として売り出しました。
日本では、東亞合成が1963年に工業用の「アロンアルフア」を発売しています。家庭向けの販売に本格的に乗り出したのは1971年です。クーバーは生涯で460件の特許を持ち、2004年に全米発明家殿堂入りしました。
アメリカで広まるきっかけを作ったのは、別の会社でした。1960年代、コダックはシアノアクリレートをロックタイト社に売り、ロックタイトは自社の名前で詰め替えて販売します。1971年には自前の製造技術を開発し、1970年代の終わりには北米の工業用市場でコダックを上回ったとみられています。発明した会社より、売り方を工夫した会社が市場を取ったわけです。
なぜ一瞬で固まるのか
引き金は水です。シアノアクリレートの分子は、水から生じる水酸化物イオンなどに触れると、次々に手をつないで長い鎖になります。この鎖が固まった樹脂の正体です。最初の1つが反応すると、その先端がまた次の分子を呼び込みます。「アニオン重合」と呼ばれる連鎖反応です。
なぜ、これほど反応しやすいのか。ブリストル大学の解説によると、分子の中にある2つのグループ(シアノ基とエステル基)が、電子を強く引っ張っているからです。そのせいで、分子の二重結合は攻撃を受けやすくなっています。反応の途中でできる中間の形も安定するため、鎖は止まらずに伸び続けます。
クーバーは、どんな物の表面にも、少なくとも分子1層分の水があると説明しました。乾いて見える机や陶器の上でも反応が始まるのは、そのためです。皮膚にあるアミノ酸も、反応の引き金になります。指がくっ付きやすい理由の1つです。
では、容器の中で固まらない理由は何でしょうか。市販品には酸がごく少量まぜてあり、反応の始まりを抑えているからです。ブリストル大学の解説によると、弱い酸は重合を遅らせ、強い酸は止めてしまいます。塗った接着剤が表面の水分に触れると、この抑えが外れて一気に固まります。
逆に、薄く塗るほうがよく効きます。表面から数秒で固まり始めると、中まで水分が届かなくなるからです。厚く盛ると、内側がいつまでも固まりません。
家で確かめる3つの観察
仕組みが分かると、ふだんの使い方の中で確かめられることがあります。新しく何かを試すより、次に使うときに見る場所を決めておくのが手軽です。
- 接着したところの周りを見る:硬いプラスチックを接着すると、周りが白く曇ることがあります(白化)。接着剤の一部が気体になり、空気中の水分と反応して、固まった粉として周りに積もったものです。たっぷり塗ったときほど出やすく、量を控えると減ります。
- 塗る量で固まる速さを比べる:小さな1滴で付けたときと、多めに盛ったときで、手を離せるまでの時間を比べます。多いほど遅いはずです。水分が表面で使い切られ、中まで届かないためです。木や紙のように酸性を帯びた素材や、乾燥した日も、固まるのが遅くなるとメーカーは説明しています。
- 付きにくい素材を確かめる:容器の裏にある材質表示で「PP(ポリプロピレン)」「PE(ポリエチレン)」の物は、瞬間接着剤が付きにくい素材です。表面のエネルギーが低く、接着剤が馴染まないためです。メーカーは専用の下塗り剤(プライマー)との併用を案内しています。商品の説明書きにある「使えない素材」の欄と見比べてみてください。
1つめの白い曇りは、警察の指紋採取と同じ反応です。シアノアクリレートを温めて気体にし、ガラスやプラスチックの上の見えない指紋にあてます。すると指紋に残った成分と空気中の水分が引き金になり、白い樹脂が指紋の筋に沿って固まります。邪魔者だった「何にでも付く」性質は、捜査の道具にもなりました。
重合や分子の鎖の話は、高校化学の「高分子」の単元で扱う内容です。ほかの接着剤やプラスチックとの違いまで知りたいなら、化学を基礎から学び直せる本が近道です。
開けた容器が固まる理由
空気中の水分が、少しずつ入りこむからです。シアノアクリレートの接着剤は、寿命が短い材料です。英語版ウィキペディアによると、未開封なら製造から約1年、開封後は約1か月が目安とされています。
古くなると、容器の中で少しずつ重合が進みます。液がどろっと重くなり、固まるのも遅くなります。あるメーカーは、冷蔵庫に入れた場合、取り出してすぐ開けずに室温に戻すよう案内しています。冷えた容器を開けると、空気中の水分が中で結露してしまうからです。
よくある疑問
- 綿の布にこぼすと、熱くなるのは本当ですか?
- 本当です。綿や羊毛、革などの天然素材にしみ込むと、急に固まって強い熱を出します。綿の主成分セルロースに、反応の引き金になる部分が多いためです。ブリストル大学の解説は、綿が燃え出すこともあると書いています。製品の安全データシートには、作業中に綿や羊毛の服、とくに綿の手袋を身につけないよう書かれています。
- 瞬間接着剤は、すき間を埋めるのにも使えますか?
- 向いていません。エポキシ系の接着剤と違い、すき間を埋める用途には適さないとされています。厚い層では中まで水分が届かず、固まりにくいからです。ぴったり合う面どうしを、薄い層で付けるのが得意な接着剤です。
まとめ
瞬間接着剤の材料は、1942年に「何にでも付いて邪魔」と脇へ置かれたシアノアクリレートです。1951年に屈折計がくっ付いた一件で価値が見直され、1958年に商品になりました。固まる引き金は、物の表面にある分子1層分ほどの水です。
次に使うときは、1滴だけを薄く塗り、接着したところの周りに白い曇りが出ないかを見てください。付かないときは、まず容器の材質表示がPPやPEでないかを確かめてみてください。
参考にした資料
- National Inventors Hall of Fame — Harry W. Coover
- Popular Science — How a shot at making better gunsights became Super Glue instead
- University of Bristol, Molecule of the Month — Superglue (cyanoacrylate)
- Wikipedia — Cyanoacrylate(開発の経緯・保存期間・綿との反応・指紋採取)
- Permabond — How do I prevent white powdery residue when using instant adhesives?
- Permabond — How to Bond Polypropylene
- ニュースイッチ(日刊工業新聞)— アロンアルフアの歩み
- Wikipedia — 瞬間接着剤(白化と厚塗り)