雑学

新しい名前は委員会が審査する、アイスランドの言葉を守る仕組み

2026年7月公開 · 2026年10月更新 · 読了7分
新しい名前は委員会が審査する、アイスランドの言葉を守る仕組み

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アイスランドでは、承認済みの名簿にない名前を子どもに付けるとき、国の人名委員会の審査を受けます。名簿には約4,300の名前があり、そこから選べば審査はありません。

審査の中心は、名前がアイスランド語の文法に合うかどうかです。名字を持たず、親の名前を変化させて名乗る国だからです。この記事では、名前を1つずつ審査するデンマークや、文字と読み方で線を引く日本と並べて違いを比べます。

アイスランド:名簿にない名前だけを審査する

審査するのは、1991年にできた人名委員会(マンナナヴナネヴンド)です。委員は3人で、司法大臣が任命します。アイスランド語委員会、アイスランド大学の哲学部と法学部がそれぞれ1人を推薦し、任期は4年です。根拠は1996年5月17日の人名法(第45号)です。

政府の公式案内によると、子どもには生後6か月までに名前を付けます。名前は3つまでです。届け出は、教会での命名式か、国の登録機関への届け出で行います。名簿にない名前を使いたいときは、手数料を払って委員会の判断を求めます。委員会の決定は、ほかの行政機関が覆すことはできません。

新しい名前を審査するときの主な基準は、次のとおりです。

アイスランド語のアルファベットは32文字です。cとqとwは含まれません。zも1973年に使われなくなりました。認められた名前は名簿に加わり、以後は誰でも使えます。

文法を条件にする理由:名字のない名乗り方

文法が審査の中心になるのは、アイスランドの人の多くが名字を持たないからです。父親の名前を「〜の」という形(属格)に変え、「ソン(息子)」か「ドッティル(娘)」を付けて名乗ります。母親の名前を使うこともできます。

たとえば、ヨウン・エイナルソンの息子オウラブルは、オウラブル・ヨウンソンになります。娘のシグリーズルは、シグリーズル・ヨウンスドッティル。同じ家族でも、父と子の「名字」の部分がそろいません。2019年の法律の改正からは、性別をどちらとも登録しない人が「ブル(子)」を使えるようになりました。

つまり、新しい名前が属格に変化できないと、その人の子どもが名乗る形を作れません。名前の審査は、次の世代の名乗り方を守る仕組みでもあります。名字の扱いも厳しく、1913年に一度は名字を作ることが認められましたが、1925年に新しい名字は禁止されました。今も、受け継いだ権利がなければ名字は名乗れません。

人を呼ぶときも、下の名前を使います。電話帳も、下の名前の順に並んでいます。同じ名前の人を見分けるため、電話帳には職業も載せてあります。19世紀の半ばには、男性のおよそ6人に1人がヨウンという名前でした。

家族の名乗り方の比較(各国政府の案内、Wikipediaなどをもとに作成)
アイスランドデンマーク日本
名字にあたる部分親の名前+ソン/ドッティル(家族でそろわない)姓は1つ(2つをハイフンでつなぐのは可)氏(家族で同じ)
新しい名字1925年から作れない条件を満たせば作れる原則として作れない
子の名字の決まり方親の名前から作る期限までに届けないと母の姓になる父母の氏を名乗る(民法790条)

デンマーク・日本と比べる

名前を審査する国は、アイスランドだけではありません。北欧のデンマークは、同じように承認済みの名前の一覧を国が公開しています。ただし規模はまるで違います。デンマークの英語ニュースサイトThe Localによると、承認済みの名前は5万件を超えています。アイスランドの約12倍です。

デンマークでも、一覧にない名前は申請できます。米NBCの情報番組TODAYのサイトが家族法庁のデータとして伝えたところでは、2024年の申請は約4,500件。74%が承認され、却下は12%でした。却下の理由には「保護された姓と同じ」「おまるを指す語に似ている」などがあります。

日本は、名前そのものではなく文字を決めています。戸籍法は、子の名には「常用平易な文字」を使うと定めています。具体的には、常用漢字と人名用漢字、ひらがなとカタカナです。2025年5月26日からは、名前の振り仮名も戸籍に載るようになりました。法務省は「太郎」をジョージと読ませるものや、「高」をヒクシと読ませるものを、認められない例に挙げています。

名づけの決まりの比較
アイスランドデンマーク日本
決めているもの名前(文法とつづり)名前(不適切でないか、姓と紛れないか)文字と読み方
承認済みの一覧約4,300(2023年)5万件超(2024年)なし(使える漢字の表がある)
一覧にない名前人名委員会に申請家族法庁に申請(2024年は約4,500件、74%承認)文字と読み方が決まりに合えば自由
届け出の期限生後6か月まで生後6か月まで(過ぎると罰金)出生届は14日以内
名前の数3つまでいくつでも1つ

3つの国とも、子どもの不利益を防ぐという目的は共通です。違うのは線を引く場所です。アイスランドは文法、デンマークは名前という単位、日本は文字と読み方で線を引いています。

裁判になった名前

規則が裁判で争われたこともあります。1997年生まれのブライル(Blær)は、「そよ風」を意味する言葉です。ノーベル文学賞作家ハルドル・ラクスネスの1957年の小説『魚は歌う』に出てくる女性の名前から付けられました。ところが委員会は、ブライルは男性の名詞だとして、女の子への登録を認めませんでした。

彼女のパスポートには、名前の代わりに「スチルカ(女の子)」と書かれました。2013年1月31日、レイキャビク地方裁判所は男女どちらにも使える名前だと判断し、政府は控訴しませんでした。

外国から来た家族も影響を受けました。英国人のカーデュー家は、アイスランドで生まれた子どもにダンカンとハリエットと名付けましたが、認められませんでした。2014年には、ハリエットのアイスランドのパスポートが更新されず、家族は英国の緊急旅券を取っています。家族は2016年6月、名前が認められたと発表しました。

元レイキャビク市長のヨウン・ニャールも、cが使えないため、娘の名前を「Kamilla」とkでつづっています。

委員会をなくす議論と、いまの仕組み

この仕組みには批判もあります。2020年2月、委員会を廃止する法案が国会に出されました。名づけの自由を大きく広げ、新しい名字の禁止も解く内容です。元委員長は「歓迎すべき大きな一歩」と賛成しました。

反対したのは、アイスランド語委員会の委員長アウルマン・ヤコブソン教授です。英語などの外国の名前が増えれば、言語に思わぬ影響が出かねない、と懸念を示しました。法案は国会で一度議論されただけで先へ進まず、委員会は今も残っています。なお2019年の法律により、名前を性別で分ける扱いはなくなりました。

名前に文法を残すという発想は、言語の仕組みそのものを知るとよく分かります。格変化のような文法が言葉の中でどう働くのかは、言語学の入門書で順に追うと理解しやすい話です。

役所が名前を審査すると聞くと、窮屈に感じます。ただ、アイスランドが守ろうとしている物は、名前の形と親から子へ続く名乗り方です。アイスランドの承認済みの名前は公開されているので、北欧の名前に興味があれば、一度のぞいてみてください。

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