トンボの目は2万個の集まり?昆虫の複眼のしくみ
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トンボの大きな目は、1つのレンズではありません。個眼という小さな目が1万〜2万8000個ほど集まった、複眼というつくりです。
ただし数が多いほどよく見えるわけではなく、細かさはヒトの100分の1ほどしかありません。代わりに、動きの速さと色には強い目です。どれくらい粗いのか、家にあるものと自分の手で確かめる方法も紹介します。
複眼は小さな目の集まり
複眼を作る個眼は、細長い筒のような形をしています。先端に透明な角膜のレンズがあり、その奥に8個ほどの視細胞が並びます。個眼の表面は六角形で、すきまなく並んで丸い目の表面を覆っています。
個眼の数は種類によって大きく違います。『日本大百科全書』は、もっとも多いトンボの仲間で1つの複眼あたり2万8000個ぐらいとしています。『世界大百科事典』も、大型のトンボでは1万個から2万個以上になると書いています。
複眼には2つの型があります。『世界大百科事典』によると、隣の個眼と光が混ざらない「連立像眼」は主に昼に動く昆虫に多く見られます。隣のレンズを通った光まで重ねて受け取る「重複像眼」は主に夜の昆虫に多く、暗い場所に向いています。トンボは昼の空を飛び回る狩りの名手です。
多くの昆虫は、複眼とは別に単眼という単純な目も持っています。単眼はピントを合わせる仕組みを持たず、形はほとんど見えません。その代わり、明るさの情報を複眼より速く脳へ届けます。
どれくらい細かく見えているのか
昆虫の脳を研究する東京大学先端科学技術研究センターの神崎亮平教授は、構造的に1つの個眼が1画素にあたると説明しています。2万個の個眼なら、片目でおよそ2万画素の画像です。マス目にすると、横160×縦125ほどの粗さです。
見分けられる細かさは、角度で表すと比べやすくなります。人の視力1.0は、視角1分(1度の60分の1)の切れ目を見分ける力です。いっぽう『世界大百科事典』によると、複眼が見分けられる細かさはふつう2〜3度です。
| 目 | 見分けられる細かさ | ヒトとの比較 |
|---|---|---|
| ヒト(視力1.0) | 視角1分(1度の60分の1) | 基準 |
| 昆虫の複眼(一般) | 2〜3度 | 120〜180倍粗い計算 |
| ミツバチ | ― | ヒトの100分の1 |
| ショウジョウバエ | ― | ヒトの1000分の1 |
ミツバチとショウジョウバエの値は『日本大百科全書』、ヒトとの比較の「120〜180倍」は2〜3度を1分で割った計算です。神崎教授も、昆虫の視力はヒトの100分の1以下だと述べています。
距離に直すと差がよく分かります。30センチ先の物なら、ヒトの視力1.0は0.1ミリほどの切れ目を見分けます。2度の複眼では、1センチほどの幅がようやく1マスです。
家で確かめる:2度はどれくらいの幅か
「2〜3度」と言われてもピンときません。そこで、自分の手を物差しにします。アメリカ国立公園局の解説によると、腕をいっぱいに伸ばしたときの親指の幅は約2度、こぶしの幅は約10度です。
- 片目を閉じ、腕をまっすぐ前に伸ばして親指を立てる
- 親指の幅で、部屋の向こうにある物を隠してみる
- 親指1本の幅に収まる物は、複眼ではおよそ1〜2画素ぶんだと考える
- 次に、こぶしを横にして当ててみる。こぶし1つ分の約10度が、複眼では数画素の幅になる
やってみると、5メートルほど離れた人の顔は親指1本の陰にほぼ隠れます。複眼から見れば、顔は1つか2つの点にしかなりません。目鼻立ちは見えず、大きさと明るさ、そして動きで相手を感じ取っていることになります。
新聞の小さな文字も同じです。1字が3ミリほどの紙面を腕を伸ばして持つと、親指の幅に6〜7字が並びます。複眼には、文字があることすら分からない細かさです。
黒い点の正体を観察する
カマキリやトンボの目を正面から見ると、黒い点がこちらを向いているように見えます。これは瞳ではなく「偽瞳孔(ぎどうこう)」と呼ばれる現象です。
見る人の方向をまっすぐ向いた個眼は、光を奥まで吸い込むので暗く見えます。斜めを向いた個眼は光を反射して明るく見えます。つまり黒い点は、自分のほうを向いている個眼の集まりです。
- カマキリやトンボを正面から見て、黒い点の位置を確かめる
- 頭の高さを変えずに、虫の横へゆっくり回り込む
- 黒い点が、自分の動きを追うように移動するのを見る
- スマートフォンで正面と横から写真を撮り、点の位置を見比べる
虫が目を動かしているわけではありません。見る位置が変わると、こちらを向いている個眼が入れ替わるだけです。虫に触れなくても、写真を見比べれば確かめられます。
死んだトンボを見つけたときは、ルーペやスマートフォンの拡大撮影で複眼の表面を見てください。六角形のマス目がびっしり並んでいます。アキアカネなら、上側の個眼が下側より大きいことも見比べられます。上と下で役割が違う、という研究結果を自分の目で確かめられる部分です。
細かさより、速さと色
複眼が得意なのは、細かさより速さです。神崎教授によると、ミツバチは1秒間に300回の点滅を区別できます。ヒトが点滅を感じなくなる境目は、ふつう毎秒48〜60回ほどとされます。
磁気式の安定器を使う古いタイプの蛍光灯は、電源の周波数の2倍にあたる毎秒100〜120回ほどちらついています。ヒトには一続きの光に見えても、300回を区別できる目には点滅として届く速さです。
トンボは、この速さを狩りに生かしています。アメリカのハワード・ヒューズ医学研究所の研究チームは2014年、トンボが獲物を見つけてから捕まえるまでが約0.5秒だと報告しました。トンボは体が回転しても頭を動かし、獲物の像を目のいちばん細かく見える部分に保ち続けていました。
色を見る力も並外れています。2015年、産業技術総合研究所の二橋亮主任研究員らはトンボ12種を調べました。光を受け取るオプシンの遺伝子は、種ごとに15〜33種類ありました。ギンヤンマは33種類、アキアカネは20種類です。ヒトは3種類、多くの動物は2〜5種類です。
神崎教授によると、ヒトが色として感じるのはおよそ400〜800ナノメートルの光で、昆虫はそれに加えて紫外線も見ています。アキアカネの20種類のうち1種類も、紫外線に反応するタイプでした。
しかも多くのオプシン遺伝子は、幼虫か成虫のどちらかでしか働いていませんでした。水の中であまり動かずに暮らすヤゴは少ない種類で足り、空を飛び回る成虫は多くの種類を使い分けていると研究チームは考えています。
よくある疑問
- トンボの目の上と下で、見え方は違うのですか?
- 違います。アキアカネの複眼は、上側の個眼が大きく、下側が小さくなっています。上側は紫外線から青緑までの短い波長に強く、青空を背景に虫や鳥の影を見つけるのに向いています。下側は紫外線から赤までの広い範囲に反応し、地上の景色や仲間、餌を見るのに使われると考えられています。
- トンボは人の顔を見分けているのですか?
- 複眼の細かさから計算すると、5メートル先の顔は1〜2画素にしかならず、目鼻立ちは見分けられません。反応の手がかりは、近づく影の大きさや動きだと考えられます。
まとめ
トンボの複眼は、1万〜2万8000個ほどの個眼でできています。細かさはヒトの100分の1ほどです。それでも点滅を見分ける速さと、15〜33種類のオプシンが支える色の感覚では、ヒトをはるかに上回ります。
次にトンボやカマキリを見かけたら、まず腕を伸ばして親指を立ててみてください。親指の陰に隠れた物が、複眼にとっての1〜2画素です。それから横に回り込んで、黒い点がついてくるかを確かめてみてください。
参考にした資料
- サイエンスポータル(科学技術振興機構) — トンボの複眼は色覚遺伝子多く超多彩
- 日経クロステック — 昆虫を知れば、ヒトが見える(神崎亮平・東京大学先端科学技術研究センター)
- ウィキペディア日本語版 — 複眼と単眼
- コトバンク — 複眼(世界大百科事典・日本大百科全書)
- コトバンク — 視力(視力1.0と視角1分)
- 米国国立公園局 — Lewis and Clark used a sextant. You can use your hands.
- Wikipedia — Pseudopupil(偽瞳孔)
- Wikipedia — Flicker fusion threshold(点滅を感じる限界)
- ハワード・ヒューズ医学研究所 — Dragonflies' prey interception guided by internal models