打ち水はなぜ涼しい?気化熱のしくみ
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打ち水が涼しいのは、まいた水が蒸発するときに地面から熱を奪うからです。この「気化熱」を使う暮らしの知恵は、茶の湯の作法から始まり、江戸の町に広まりました。
2003年には、東京23区で推定34万人がいっせいに水をまく社会実験も行われています。この記事では打ち水の歩みを年代順にたどり、測ってわかった効果と、涼しさが長く続くまき方を紹介します。
戦国〜元禄:茶の湯の「三露」
打ち水の起こりには諸説あります。日本水フォーラムの浅井重範さんがまとめた年表によると、万葉集や古今和歌集、枕草子や源氏物語に「打ち水」はまだ出てきません。詠まれているのは、川風や滝、夕立のあとの涼しさです。
作法として形になったのは、戦国時代から安土桃山時代に広まった茶の湯の世界でした。千利休の100年忌にあたる1690年(元禄3年)に成立したとされる茶道書『南方録』には、「三露」と呼ぶ打ち水の決まりが書かれています。客が露地(茶室の庭)に入る前、中立ちの前、会が済んで客が帰るころ。この3回、水を打つという作法です。
『南方録』は、露地に水を打つことを軽く考えてはいけない、と念を押しています。ここでの水は、涼をとるためだけのものではありません。環境省の解説も、打ち水にはお清めやおもてなしの意味があり、涼しさを得る目的もあったと説明しています。
江戸の町:俳句と絵に残る打ち水
元禄期に入ると、打ち水は俳諧や浮世草子にも登場します。井原西鶴の『好色一代女』(1686年)に「うち水」の語が見え、1690年には宝井其角が「水うてや蝉も雀もぬるる程」と詠みました。年表をまとめた浅井さんは、このころに打ち水が一般的になっていったと見ています。
江戸の後期には、町の暮らしの一場面として描かれます。曲亭馬琴は『羇旅漫録』に、客があれば庭へ打ち水をして、釣燈籠に火をともす座敷の様子を書きとめました。1838年の『東都歳事記』の「盛夏路上の図」には、底に穴の開いた大きな桶をかつぎ、水をまきながら歩く男性が描かれています。
小林一茶は1827年に「門へ打水も銭なり江戸住居」と詠みました。門前にまく水にさえお金がかかる、という江戸暮らしの一句です。明治に入っても、正岡子規が1893年に「打水や虹を投出す大柄杓」と詠んでいます。ただ、暮らしの中の打ち水は、その後しだいに見かけなくなっていきました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 古代〜中世 | 和歌に川風や夕立の涼しさが詠まれる。「打ち水」の語はまだ見えない |
| 1686年 | 井原西鶴『好色一代女』に「うち水」 |
| 1690年 | 『南方録』が成立したとされる(茶の湯の打ち水「三露」)。其角の句 |
| 1827年 | 小林一茶「門へ打水も銭なり江戸住居」 |
| 1838年 | 『東都歳事記』に、桶で水をまく男性の図 |
| 1893年 | 正岡子規「打水や虹を投出す大柄杓」 |
| 2003年 | 8月25日正午、東京23区で「大江戸打ち水大作戦」(推定34万人) |
| 2004〜2005年 | 全国へ広がる。ストックホルム、パリでも実施 |
| 2025年 | 打ち水大作戦の参加者、推計956万人以上 |
2003年:東京23区でいっせいに水をまく
打ち水が再び注目されたきっかけは、2003年の「大江戸打ち水大作戦」です。打ち水大作戦本部の「打ち水白書」によると、出発点は関東圏の電力不足への心配でした。夏の電力を押し上げるのは冷房で、その冷房を増やすのは高い気温です。そこで水の関係者たちは、水をまいて気温の上がり方を抑えられないか、と考えました。
もとになったのは、ある研究者の仮説です。東京23区で水をまけそうな面積は約280平方キロメートルで、23区のおよそ半分にあたります。そこにいっせいに水をまけば、気温を2度ほど下げられる可能性がある。これを確かめる社会実験として、2003年8月25日の正午に23区で打ち水が行われ、推定34万人が参加しました。
本部のデータ集によると、この日の特設会場では打ち水を始めて10分後に、気温が平均で約1度下がっています。翌2004年は全国とスウェーデンのストックホルムで推定329万人以上、2005年はパリを加えて770万人以上に広がりました。2025年の参加者は、本部の推計で956万人以上です。8月1日の「水の日」は「打ち水の日」として、毎年いっせいの打ち水が呼びかけられています。
なぜ涼しい?測ってわかったこと
涼しさの正体は、水が蒸発するときに周りから奪う熱、気化熱です。1キログラムの水を25度で蒸発させるには、2442キロジュールの熱が要ります。同じ水を0度から100度まで温める熱は約420キロジュールなので、蒸発にはその5倍以上が使われます。水の分子どうしは水素結合で強く引き合っていて、ばらばらの気体になるには、その結びつきをほどくエネルギーが要るからです。
では、実際にはどれくらい冷えるのか。環境省の報告書には、2013年7月17日に大阪府枚方市の旧街道沿いで行った試験が載っています。手桶を使い、1平方メートルあたり3リットル、雨にすると3ミリ分の水をまきました。結果は次のとおりです。
- 気温:15時、18時のどちらの打ち水でも、下がった様子は見られなかった
- 15時の打ち水:地面の表面温度が約6度下がり、差は1時間半ほど続いた
- 18時の打ち水:表面温度は約3度下がり、測定を終えた22時まで約1度の差が残った
奪われた熱は消えたのではなく、水蒸気と一緒に空気中へ運ばれます。街路の気温は動かなくても、足もとの照り返しは和らぎます。環境省は、日中の打ち水で気温が下がらなくても、体感温度は約1.5度下がるとしています。
まく時間と場所は、環境省の勧めが参考になります。日差しの強い昼は水がすぐ乾くので、朝か夕方に。特に気温が下がり始める夕暮れがよく、日なたより日陰のほうが長持ちします。水は風呂の残り湯や雨水など、一度使った水を回します。洗剤や汚れを多く含む水は、滑りやすいので避けます。
打ち水に使える道具
まく道具と、効果を確かめる道具を1点ずつ選びました。価格は2026年10月時点の楽天市場の表示です。
じょうろ:尾上製作所 トタン製じょうろ(4L・6L・9L) 約2,680円から(容量で変わります)。日本製のトタン製で、口の先がシャワー状の蓮口です。4Lは重さ約0.53kgです。
向いている人:手桶よりも、決まった量を均一にまきたい人。注意:1平方メートルに3リットルの目安なら、4Lで畳1枚弱の広さです。水を満たすと約4.5kgになります。
非接触温度計:エー・アンド・デイ 放射温度計 AD-5611A 約7,201円。離れた所から、物の表面温度を測れます。測定範囲はマイナス60〜500度です。
向いている人:打ち水の前と後で、地面の温度がどう変わるか確かめたい人。注意:測れるのは表面の温度で、気温ではありません。枚方市の試験のように、まいた場所とまかない場所を並べて測ると差が見えます。
いまの打ち水
打ち水は、茶の湯の「三露」から江戸の町の習慣になり、2003年の社会実験で現代によみがえりました。打ち水大作戦は2024年から、季節を問わず、気温25度以上の暑い日に打ち水を呼びかける形に変わっています。白書によると、2025年に水道水以外の水だけで打ち水をした人は、5割近くにのぼりました。
効きめを長く保つ条件は、昔も今も変わりません。夕方に、日陰へ、使い終わった水を。次に暑い日が来たら、風呂の残り湯で玄関先を濡らしてみてください。
参考にした資料